ここでは、中山観音寺跡 について紹介します。
在所:香里ケ丘十二丁目6-16・・・観音寺山公園内
【ポイント】
①.この場所は、白鳳時代(奈良時代後期)の観音寺跡地です。
②.広大な敷地で、現在の香陽小学校もその一部にあたります。
②.残存遺構は、手洗鉢と堂塔の芯柱石。
【関連写真】
中山観音寺跡(全景2013_11_06 金只
中山観音寺説明板2017_11_06 金只
案内板(中山観音寺跡)2017_04_10 金只
中山観音寺跡石碑2013_11_06 金只
堂塔の芯柱礎石2017_11_06 金只
手洗鉢2017_11_06 金只
【補足説明】
①.現地説明版より
中山観音寺跡は、枚方丘陵の中央付近に位置した古代寺院の跡です。
観音寺山公園の南に隣接する平坦地から、土をつきかためた版築による基壇(キダン)が東西に2基並んで発見され、基壇付近では柱穴や溝が多く見つかっています。両基壇の間では瓦や釘とともに炭や焼土を検出していることから火災を受けており、また、焼土の上に礎石(ソセキ)が置かれていたため、火災後に寺院が再建されたことがわかりました。
出土遺物には、奈良時代から平安時代初期のハク塼仏(センブツ)、軒丸瓦(ノキマルカワラ)、鴟尾(シビ)の破片の他、懸仏(カケホトケ)などがあります。
公園の東の端には牛石(牽牛石)と呼ばれる大きな石があり、七夕と結び付けられています。
2016年3月 枚方市教育委員会
②.牽牛像の説明板より
この観音寺山公園には、白鳳時代(飛鳥時代後期)に創建、室町時代まで栄えた密教寺院「中山観音寺」がありました。しかし、南北朝期の戦乱により消失し、廃寺となりました。
広大な敷地で、現在の香陽小学校もその一部にあたります。開発が進んで今、公園は一部分になりました。付近には、中山観音寺の盛事を示す三宝院・奥の坊・阿舎利坊などの地名が残っていました。公園中央には発掘された寺社礎石、石仏、手水鉢などが散見されます。
③.現地石碑より
中山観音寺跡
この寺跡は平安時代の巨利を伝え七夕伝説の牛石、古雅の手洗鉢等古文化財を保存する。
松風に吹き磨かれて姿を照らす
中山寺の秋の○の月
八十八翁 茄国