ここでは、交北城ノ山遺跡 について紹介します。

在所:交北二丁目28・・・山田中学校を含む周辺

【ポイント】

①.山田中学校建設に伴う1981年の発掘調査で検出。

②.旧石器時代から鎌倉時代の複合遺跡・遺構。

【関連写真】

 山田中学校全景2020_05_30 金只   山田中学校東面の説明板2020_05_30 金只   

 説明板(交北城ノ山遺跡)2020_05_30 金只   

【補足説明】

①.現地説明版より

 交北城ノ山遺跡

 この付近一帯は「交北城ノ山遺跡」と呼ばれています。1981年5月から翌年3月まで山田中学校の建設に伴う発掘調査によって、旧石器時代から鎌倉時代の遺構が複合し、かなり広範囲におよぶ遺跡であることが判明しました。主な遺構・遺物としては、旧石器時代のナイフ形石器や縄文時代後期・晩期の土器や石器が多数出土し、縄文晩期の深鉢を用いた埋甕も見つかりました。弥生時代中期の遺構が最も多く検出されており、方形周溝墓42基、土壙墓10基が見つかっています。古墳時代の全期間におよぶ須恵器等の遺物が出土し、遺構としては、平面が方形をした竪穴式住居6棟が検出されています。古代末から中世にかけての主な遺構は、掘立柱建物跡、井戸状遺構、白磁椀は土師質皿が副葬されていた木棺墓などのほか、耕作に関連すると考えられる長さ50mにおよぶ17条の溝状遺構があります。

               2005年8月  枚方市教育委員会

②.枚方市文化財年報より

 弥生時代中期の集落跡、墓域を検出。第5号方形周溝墓の北溝では「供献」と呼ばれる類似した行為が古墳時代にも行われていた。また周囲を溝に囲まれた古代末から中世の掘立柱建物を2ヶ所で確認。年報では「交北城ノ山遺跡」となっている。