ここでは、古民家(旧木南邸)について紹介します。

在所:三矢町 9-15

【ポイント】

①.江戸時代 屋号 田葉粉屋 (楠一族の末裔)

②.建物は明治期の2棟形式の町屋と土蔵5つの大きな屋敷

③.枚方宿で金融業と問屋場役人を兼ねていた 

④.くらわんか船の鑑札を持つ

 ⑤.旧木南邸宅

 ・母屋:厨子二階造、起屋根、虫籠窓、通り土間、煙出屋根、中庭

 ・蔵 :5棟の内3棟現存、かま場横蔵二階には罪人拘置部屋

 ・表格子一つをとっても縦格子に横格子を通す細かい細工がなされている。

⑥.木南家は、楠木正成の後裔(コウエイ)と伝わる。

【関連写真】

 正面2013_04_13 金只   正面案内板2013_03_18 金只   

         木南邸間取図         (ガイド田嶋氏作成資料より)    船番所との位置づけ(ガイド田嶋氏作成資料より)   

 窯場煙出屋根2015_03_04 金只   組合された格子2019_02_07 金只   

 木南邸蔵(蔵・窯場・拘置部屋)2012_07_08 金只   木南邸蔵(裏側)2015_03_13 金只   

 

【補足説明

①.現地案内板より

 東海道枚方宿泥町村木南家は、楠木一族の後裔と考えられる。江戸時代初期から庄屋と問屋役人を兼ねていた。幕末期には農業経営を発展させ金融業をも営んでいた。

 またくらわんか船の茶船鑑札を所持し、宿駅と村の運営に大きな影響を行使した。

 本建物は明治期と推定される。長い間口に出格子と虫籠窓が連なる伝統的な構成を持つ表屋(おもてや)造りで広い敷地内には、5棟の土蔵を配している大規模な町屋である。

②.「旧枚方宿の町屋町並」より

 この形式は、表側に店舗の棟を、別棟として中庭を挟んで裏手に居宅を建てる2棟形式で商売と生活を分離する発展した町屋形式です。大きな町屋に用いられた形式と言えましょう。山本恭一住宅(三矢町)は、間口10間半もあって調査した町屋の中でも最も古く、しかも大変複雑な平面構成をもつ大規模な町屋です。

【参考情報】

 楠木正成と木南家