ここでは、旧淀川堤防跡 について紹介します。

在所:磯島茶屋町・天之川町

【ポイント】

①.天野川には、明治になり木橋が架けられ、鵲橋の名称が付けられた。

②.明治時代の道路制により、京街道は国道2号線となり(後に国道1号線、府道13号線)、鵲橋は国道橋に昇格した。

③.昭和7年に河川敷を埋め立てて道路を付け替え、橋は現在地に架け替えらた。

④.黒田川の北側(府道13号線分岐点から黒田川までの間)は、埋立道路との間はそのまま放置され淀川河川敷の景観を残している。

⑤.黒田川の南側(天之川町)では、新道沿いは埋め立てられ開発が進んだが、旧道との間は旧河川敷レベルが残り、通りの裏通りは地下駐車場が連なっている。

【関連写真】

 国道2号線で埋められた北端2015_06_13 金只   左文禄提と中央旧淀川2015_06_13 金只  

 磯島茶屋町裏通り2015_03_02 金只   天之川町裏通り2015_03_02 金只