東藤田山遺跡第一丘陵 について紹介します。
在所:釈尊寺町25
【ポイント】
①.付近一帯は「藤田千軒」の伝承をもつ地域。
②.弥生~室町時代の複合遺跡。
③.頂上部では弥生時代後期の竪穴式住居跡のほか、火葬骨を納めた中世の臓骨器(ゾウコツキ)が出土。
④.丘陵下方からは中世の寺院関係の溝や柱穴などの遺構に伴って瓦器椀・香炉などを検出。
【関連写真】
【補足説明】
①.現地案内板より
天野川左岸の丘陵上及び丘陵下の低湿地一帯で発見された複合遺跡で、主に弥生~室町時代にかけての遺構・遺物が検出されています。
この丘陵は、調査に際して第一丘陵とよび、頂上部では弥生時代後期の竪穴式住居跡のほか、火葬骨を納めた中世の臓骨器(ゾウコツキ)が出土し、中には中国から輸入された宋銭6枚がはいっていました。六文銭を副葬した例としては、最も古い時期に属します。
また丘陵下方からは中世の寺院関係の溝や柱穴(チュウケツ)などの遺構に伴って瓦器椀(ガキワン)や香炉などが検出しています。
付近は、そのむかし「藤田千軒」の伝承をもつ地域で、六文銭の副葬品に見られるような、中世墓地のあり方は、盛時の藤田集落の姿と浄土信仰の普及を物語るものです。なお、前期古墳として知られる藤田山古墳は、丘陵上の南方200mにありましたが既に消滅しました。
2003年03月 枚方市教育委員会