ここでは、楠葉横堤防跡 について紹介します。

在所:久親恩院裏側

【ポイント】

①.八幡市橋本地区の浸水から楠葉地区を守るための堤防であった。

②.鳥羽・伏見の戦いの際橋本陣屋が攻撃されたときの最後の防御線となった場所。

③.春には、堤防上に植えられた満開の桜が見られる。

【関連写真】

 山裾側からの桜2018_03_27 金只   淀川側からの桜2018_03_27 金只   

【補足説明】

①.八幡市橋本地区は、三川合流による淀川の改造まで、木津川の氾濫で度々冠水していた。

  河内国楠葉地区はこの木津川の氾濫から田地を守るてめにここに横堤防を築いた。

②.楠葉砲台は、南向きに掘割と砲台が構築されていたが、北面は、何一つ防御体制がなく、この洪水防止の堤防がささやかな防御線となった。

【参考情報】

Localwiki:上庄南之口樋跡の碑:同一の趣旨でつくられた出口と寝屋川の境の赤いの堤防にまつわる話。