ここでは、澤井家住宅 について紹介します。

在所:大住岡村55

【ポイント】

①.歴史

 澤井家は、武家出身で、近世初頭に現在地に住み、江戸時代、尼門跡曇華院の所領を治める代官であった。

 元文5~6年(1740~1741)建て替え、尼門跡領の代官職であったことから接客面と形式構成を持つ形式の建物。平成16年から平成19年(2004~2007)に解体・修理・復元整備された。

➁.国宝・重要文化財(建造物)

 種別;近世以前/民家

 時代;江戸中期

 年代;元文5~6(1740~1741)

 構造・形式;入母屋造、茅葺、四面疵付、本瓦及び桟瓦葺

 指定;昭和50年(1975)

③.見学

 公開日;毎偶数月 第2日曜日のみ・・・個人住宅のため

 公開時間;12.00~16.00

 入館料;1,000円

 見学は要予約(公開日2週間前まで)

 連絡問合せ;電話&FAX 0774-62-0146

【関連写真】

現地未調査

【補足説明】

①.現地案内板(澤井家住宅)

 澤井氏は近江源氏佐々木氏の家臣であったが、近世初頭(1600年頃)この地に帰農し、京保17年(1732)門跡曇華院御内(モンセキドンゲインミウチ)となり、以降所領地の代官をつとめた。

 住宅(国指定重要文化財)は、普請文書一式や棟札が残り、元文5~6年(1740~1741)の建て替えが明らかである。

 主屋は東面し、入母屋造り茅葺屋根で正面に本瓦葺の庇が付く。南半分の広い土間を中心とする台所部分、北半分の居室部分、その西奥の座敷部分から構成される。一般農家とは異なる形式で、ことに土間のまわりの太い柱と太い梁の組み合わせは重厚である。

 黒門

 元治元年(1864)蛤門(ハマグリモン)の変で曇華院が焼失し、以後5年間当家を仮御所とした。その際この黒色の高麗門が建てられた。大名の赤門に対し黒門は宮家の門という。

    京田辺市教育委員会

【参考情報】

インターネット:アパトラベル(澤井家住宅)