ここでは、片埜神社 について紹介します。

在所:枚方市牧野阪2丁目 2-15

【ポイント】

①.本殿祭神は・・・●は主神

 ●建速須佐之男大神(タケハヤスサノオノタケハヤオオカミ);天照大神の弟。

  出雲の地でヤマタノオロチ退治を為す。

  オロチの尾から出た草薙之大刀を天照に献上し、今も天皇家の三種の神器の一つとなっている。

 ●櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト);建速須佐之男大神の妻

 ●八島士奴美命(ヤシマシネミノミコト);建速須佐之男大神と櫛稲田姫命の子。この6代後の子孫が大国主命。

 ●菅原道真公(スガワラミチザネコウ) ;学問の神

 ・天照皇大神(アマテラススメオオミカミ):皇祖神

 ・品陀和気命(ホンダワケノミコト);応神天皇の別名

 ・天児屋根命(アメノコヤネノミコト);天孫降臨の際祝詞を唱えた。中臣連の祖。通称春日権現、春日大明神とも言う。

 ・八幡大神(ハチマンオオカミ):誉田別命(ホンダワケノミコト)とも呼ばれ神宮皇后の息子。

  天応元年(781年朝廷は宇佐八幡に鎮護国家・仏教守護の神とし、八幡大菩薩の称号贈る。

  清和源氏と桓武平氏の尊崇を集め軍神と言われだした。

 ・久那戸神(クナドノカミ);「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味。

  日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる

 ・久須々美大神(クススミノオオカミ);

 ・事代主命(コトシロヌシノオオカミ);

②.第11代垂仁(スジン天皇(-29~70)時代創建と伝えられ、延喜式内社。

 ・出雲国の豪族である野見宿禰(ノミノスクネ相撲に勝った恩賞として当地一帯を拝領。

 ・出雲の祖神「素盞鳴尊(スサノウノミコト)」を奉祀し、土師(ハゼ)氏の鎮守とした。

 ・第60代醍醐天皇の名に編集された神名帳に登録された2,861社の一つ。

 ・平安中期、野見宿禰の後裔である菅原道真が祀られる。

  ※ 菅原道真は醍醐天皇の右大臣であった。

③.豊臣秀吉が大阪城築城の際、荒廃した神殿を鬼門鎮守として修復。

 ・その後、秀頼が片桐旦元を総奉行として本殿・築地などを修復。

 ・鬼は片埜神社の象徴・守り神とされている。

④.文化財

 ・本殿   桃山時代 国重要文化財   三間社流造檜皮葺)豊臣秀頼再建

 ・石造灯篭 鎌倉時代 府有形文化財   火袋の梵字から神宮寺の遺品と云われている。過っては、ここに宮寺があった証。

 ・   室町時代 府有形文化財   棟門、本柱(円柱)が蟇股を挟み唐居敷(からいしき)を備える。

 ・南門   桃山時代 府有形文化財   切妻造本瓦葺の四脚門で、総丹塗(ソウニヌリ)

⑤.広大な敷地敷地・・・明治時代には5ヘクタール

 南は黄金野2丁目の一の鳥居跡から北は大阪歯科大学を含む牧野坂・牧野本町までのエリア

⑥.その他境内

 ・依姫社       :

 ・鬼面        :埜神社の象徴・守り神

 ・祀神一覧表     :近郷の小さな神社・祠をここ一宮に統合。

 ・皇大神宮遥拝所   :全国の郷社に設けられたもの。

 ・稲荷社       :

 ・標柱(久須々美神社):九頭神廃寺付近にあった式内社で明治に合祀された。

 ・神牛        :菅原道真に由来

⑦.境外社

 ・朝原神社      :交通安全、道ひらき、導きの神様

 ・瘡神社       :菅原道真公の乗馬がこの場所に葬られ、草が瘡に転じた。

【関連写真】

 拝殿2013_05_13 金只​   祀神一覧切出し2017_07_04 金只​   

 依姫社2013_05_13 金只​   鬼面2013_12_29 金只​   

 祀壇2013_05_13 金只​   皇太神宮遥拝所2013_12_29 金只​   

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【補足説明】

①.片埜神社概要

 ・社格等 :式内社(小) ()河内国一宮、旧郷社

 ・創建  垂仁天皇年間(紀元前29年-70年)

 ・本殿様式:三間社流造

 ・例祭  :10月15日 

 ・主な神事:お火焚祭(みかん撒き)(12月13日)

      :えびす祭(1月9日-11日) 

 ・主祭神  :建速須佐之男大神菅原道真 

 ・配神  :櫛稻田姫命八嶋士奴美神

 ・境外末社:朝原神社瘡神(クサガミノヤシロ) 

【参考情報】

Wikipedia:片埜神社

Wikipedia:スサノオ・・・・・天照大神の弟でヤマタノオロチ退治を為す

Wikipedia:櫛稻田姫命・・・・須佐之男の妻

Wikipedia:八嶋士奴美神・・・須佐之男の子である国津神

Wikipedia:菅原道真