ここでは、西見附跡について紹介します。
在所:堤町10
【ポイント】
①.枚方宿西の出入り口
②.東見附まで約1500m
③.淀川の葦刈に関する高札場が公衆便所の付近にあった。
【関連写真】
西見附跡(左コーナー)2016_04_11 金只
案内板全体2013_03_13 金只
府道13号線信号前の標柱
奥は、郵便屋の渡しの標石
2013_03_17 金只
【補足説明】
①.現地観光案内板より
江戸時代を通じて多くの旅人が枚方宿を通行しましたが、時には外国人の旅行者が、枚方宿のことを記録に残しています。
ケンベル、申維翰(しんゆはん)、ツンベルク、シーベルト、アーネスト・サトウなどです。
大阪・京都のほぼ半ばにある枚方宿では、休憩・食事をとることが多かったようです。
彼らのうち、枚方宿の様子を詳しく記しているのは、ケンベルとシーボルトです。両人ともドイツ人で、オランダ東インド会社の商館長の江戸参府に医師として随行しました。
シーボルトは「枚方の環境は非常に美しく、淀川の流域は私の祖国マインの谷を思い出させるところが多い」と想起しています。