ここでは、高札場跡 について紹介します。

在所:三矢町

 【ポイント】

①.幕府(代官)や領主が決めた法度や掟などを、庶民に知らせるために、人通りの多い場所に掲げた。

②.この場所では、親孝行の奨励、博突禁止、火付禁止、徒党を組まない、夜逃げしないなど庶民が守らなければならない掟や、人馬駄賃など宿場町らしい高札もあった。

③.高札は、幅4m、高さ3m、奥行き1.7m、土台石垣60cm、屋根付きであったと言われている。

④.この外枚方宿には以下の2つの高札場があった。

  船番所付近:淀川運行に関するもの。・・・旧木南邸裏船番所跡辺り

  西見附付近:淀川の葦に関するもの。・・・西見附前公衆便所の辺り

【関連写真】

 高札場跡(専光寺東角)2013_04_19 金只​   標柱2013_04_19 金只​   

【補足説明

①.枚方宿の高札場は、この場所以外に以下の二つがあった。

 ・木南邸裏の船番所に、淀川水運関連の高札場

 ・西見附の近くに 、河川保全に関連した刈捨高札場・・・江戸幕府の「諸国河川掟」に基づく告示

 正徳元年(1711)5月(6代将軍家宣)の時、大阪奉行名で設置された。

 その内容は、年4回(4月、5月、7月、9月)に淀川の葦 を切り取らせた。

②.村野の高札場は、村野本町の入口付近に現存し、平成8年(1996)に枚方市有形文化財に指定された。

村野高札場:枚方市村野東町10番62号

③.専光寺は、本陣前にあったが、京阪の高架事業で現在地に移転したものです。

【参考情報】

Localwiki:村野高札場