古代から秀吉の伏見築城期まで

宇治川京都盆地に流れ込むところは、京都盆地の中でも最も低いところに位置しており、琵琶湖から流れ出る唯一の河川である宇治川は、京都盆地へ流入する平等院付近から、京都盆地の西端にあった木津川桂川との合流点の上流側にかけて広大な遊水池を形成していた。これがこの時代の巨椋池である。

平安京平城京の間に位置しており、古代中世を通じて、水上交通の中継地として大きな役割を果たした。また陸上交通は、巨椋池を避けるように盆地の外縁部を通っていた。

巨椋池の北側には多くの島州が形成されていた。現在も残る槇島向島などの地名はそこが池に囲まれた島だったことに由来する。

CC BY SA Wikipedia より 「巨椋池」