小諸ふるさと遺産平成30年度第1期認定分 について知っていることをぜひ教えてください

認定番号 ふるさと遺産の名称 認定内容 地区 位置
1801 大杭橋 小諸市内で千曲川に架かる橋として現存する唯一の吊り橋。
隣接する現代的な小諸大橋と重なる眺望が千曲川の風情を感じさせる。
川辺 https://www.openstreetmap.org/way/146323352
1802 旧南大井小学校の二宮金次郎像 二宮金次郎像は1924年頃から全国の学校に設置され始め、金次郎が実践した勉学と勤労の両立を顕し、多く子供たちを見守り続けている。
現在も旧南大井小学校の跡地に引き継がれ、多くの人々を見守っている。
南大井 https://www.openstreetmap.org/node/8064126142#map=18/36.30298/138.46957
1803 旧南大井村役場 昭和29年まで南大井村役場として使用され、その後も公民館として使用されるなど、南大井の行政・文化の中心として大きな役割を果たした。 南大井 https://www.openstreetmap.org/way/865186393
1804 氷風穴群 天然の冷蔵庫である風穴は、小諸では約300年前より使用されていた。
明治期には蚕種(蚕の卵)の保管にも使用され、年1回だった養蚕が、年6回実施できるようになった。
氷風穴は最盛期には14を数えたが、現在は5つが残っており、今なお使用されている風穴もある。
川辺 https://www.openstreetmap.org/node/8064141044#map=19/36.32568/138.39224
1805 新町の三大桜名所 新町の花川親水公園、押出しの桜並木、手代塚城址の三大桜名所は、地域住民が協力して管理を実施しており、散歩コースや、どんと焼きなど地域住民のコミュニティ活動の重要な場所となっている。 西部

花川親水公園

押出の桜並木

手代塚城址

1806 お煮かけ お煮かけは、島崎藤村の千曲川のスケッチにも登場し、季節の野菜や油揚げ・きのこなどを入れた具だくさんの汁とともに食べる、東信地方の伝統的な麺文化である。
小諸市内には、うどんだけでなく、蕎麦や冷麦なども使い、麺を「とうじかご」に入れ、具を少し掬いながら、麺を温めて食べる地域もある。
西部 小諸市全域
1807 富士見城跡 築城年代は不明ですが、徳川家康の第一次上田合戦の際に、現在の形に陣地として整えられたと伝えられている。
富士山が見えることから富士見城と名づけられた。
現在は公園として整備され、市民の憩いの場となっている。
大里 https://www.openstreetmap.org/way/865190847
1808 金平山の慰霊堂・平和の礎・忠魂碑 旧大里村の人々が日露戦争や第2次世界大戦の戦没者を慰霊するために建立した。これらが一カ所にまとまっているのは珍しく、慰霊堂の前では戦争のない平和な社会の実現を祈念し、毎年11月3日に慰霊祭が行われている。 大里 https://www.openstreetmap.org/node/7700836039
1809 光岳寺の足柄門(総門) 明治5年に小諸城から現在の場所に移築された。小諸城時代には藩士が出仕する際の通用門として使用されていた。門のつくりは両側の柱の上に屋根が乗っている高麗門形式。 東部 https://www.openstreetmap.org/node/2273338576
1810 光岳寺の楼門(山門) 1716年に建築された小諸藩内の寺院では一つしかない2階建ての門(楼門)。2階には釈迦三尊像や十六羅漢像が安置されている。 東部 https://www.openstreetmap.org/way/865192855
1811 小諸町道路元標 大正時代に設置された、小諸町の道路の起終点を示す標識。 東部 https://www.openstreetmap.org/node/7902528885
1812 小諸市立小山敬三美術館 建築家の村野藤吾の設計により、1974年に完成し、小諸市へ小山敬三画伯より寄贈された。「木立の中に何げなくたっている美術館」がコンセプトで、近代建築物としての美しさが認められ、この建物で村野藤吾は毎日芸術賞を受賞している。 西部 https://www.openstreetmap.org/way/694973385
1813 小諸市立藤村記念館 1957年に小諸藤村会により建造され、小諸市に寄贈された。東宮御所や国立劇場を手掛けた谷口吉郎が設計し、日本の伝統的な様式を近代に生かした建造物。 西部 https://www.openstreetmap.org/way/218251406
1814 虚子庵 近代俳句の巨匠、高濱虚子が小諸に疎開した1944年から4年間を過ごした庵。虚子庵では地元の俳人と句会を開催し、多くの文化人をこの庵へ招いた虚子は「小諸時代」と言われる「小諸百句」、「小諸雑記」、「虹」の三部作を世に送り出した。 東南部 https://www.openstreetmap.org/way/865194806
1815 小諸学校跡の碑 1901年に竣工した小諸尋常高等小学校があった場所に、1982年に設置された石碑で、裏面には明治からの各小・中学校の沿革が記録されている。この学校から、小諸市の教育方針である「梅花教育」が生まれた。 中部 https://www.openstreetmap.org/node/7902528785

参照 小諸市ホームページ 「「小諸市ふるさと遺産」を認定しました(平成30年度第1期 」