忠魂碑(御影) について知っていることをぜひ教えてください
成田山境内に建立されている。
昭和27年10月10日再建と刻まれている。
大正4年の『北佐久郡志』の第四編町村篇の南大井村の記述(152ページ)によるとここに再建される以前は和田にあったようである。
「九、兵事
〇忠魂碑 大字和田字北原甲州街道の北側にあり、砲弾形の石碑にして表面明治三十七八年戦役忠魂碑の題字は乃木大将の筆にして、明治四十一年四月の建設。」
しかし、御影の忠魂碑は「弾丸形」「乃木大将書」は『北佐久郡志』のとおりであるが、「明治三十七八年戦役」という文字が無い。
2022年6月2日 和田区在住の別府さんにお聞きしたところ、終戦後和田にあった忠魂碑は、地中に埋められたが、サンフランシスコ講和条約締結後、掘り起こされ御影に再建されたとのことです。
2022年10月6日 小林前教育長にお聞きしたところ、現在御影にある忠魂碑は和田から移設したものとのことです。
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