空海が高野山まで登る際に、木製の卒塔婆を建てて、道しるべを残した道を歩いてきました。

現在は、梵字が刻まれた町石が1町ごとに残っています。

とのことから、最初ははりきって1町ずつ数えていましたが、慈尊院からすぐに分からなくなり、あきらめました。

慈尊院から展望台までを一区間としたのですが、歩き始めてすぐに「どこまで登るの・・」という登り坂、

さらなる急激な登り坂・・・早くも体力の限界を感じはじめたところで目標の展望台に到着!!

絶景に調子づき、次は六本杉を目指して元気に歩いていきました。

雨引山への分岐を過ぎたところで、石が転がってて足場が悪くて大変でした。

六本杉で一息つき、ここから丹生都比売神社へ行くことができると確認しつつ、今回は次の目的地の二ツ鳥居を目指して歩き進めました。

途中の古峠から上古沢駅まで2.5kmとの看板を通り過ぎ、二ツ鳥居で小休憩。

ここまで2時間強かかりましたが、またしてもの美しい景色に気をよくし、またまた歩き進めました。

ここからは、「登ったのに下るの・・」と不安になりながらも平坦な道に安心しつつ、ゴルフ場の近くを歩くことに驚きました。

笠木峠で、上古沢駅方面へ行くことができると確認し、せっかく登った道をひたすらに下りながら途中のお地蔵さんにほっこりし、矢立まで到着しました。

矢立で軽食しながら、ここで紀伊細川駅に向かうのか、登りきるのか、最終決断で大門目指して登りきることにしました。

またしても、急激すぎる登り坂にくじけそうになりながらも、途中の展望台にて小休憩。

再び歩き始めるも、続く登り坂に悪戦苦闘。大門前の国道が頭上に見え始め、勢いづくも、とどめの登り坂に加え、なぜか一段が微妙に広い階段に気が遠くなりながら、ついに到着!!

大門をくぐりぬけ、最後の一町を発見したときの感動、達成感はすさまじく、疲れも吹き飛ぶようでした。

しんどいばかりでなく、神聖で、歴史の重みを感じる空気感に触れることができた一日となりました。

 

■この道が世界遺産に登録されたのは平成16年7月の事だった。道が世界遺産に登録されたのはスペインのキリスト教の巡礼道サンチャゴデコンポステーラへの道に次いで2番目となった。昨年平成28年10月軽微な変更提案が承認され高野参詣道の中の高野山町石道ということになった。高野山への巡礼道の1つということに他の道(黒河道など)が追加登録されたため登録資産から登録資産の内のひとつという風にグレイドダウンだ。ともあれこの道がユネスコが希求する平和への思いを示している道であることは変わりなくその代表性と希少性はゆらぐことはない。その理由は鎌倉時代モンゴルが日本侵略した時(元寇)当時の鎌倉幕府が御家人に平和祈願のためにこの道に五輪塔の建立を命じたのが慈尊院から高野山根本大塔まで180に及ぶ石の塔なのだ。今日も世界各地からこの道を歩いて高野山まで登山する人が絶えない。