防潮堤石垣跡

埋立地の境界線

 

 岸和田城防潮石垣跡は、松平康重が岸和田城主となった元和5年(1619)以降に幕府の名により整備された石垣の一部であり、現在、岸和田市指定史跡となっている。古地図によれば、この石垣は800mにわたって築かれており、海岸付近の防備の目的と防潮堤としての役割を果たしていた。江戸時代末期まで城の外郭として保全されていたが、明治維新後に大部分が破壊され、現在はこの場所に長さ9m、高さ2mあまりが残されているばかりである。過去の海岸線の位置と岸和田城の規模を示すものとして貴重なものである。