日本国内のリージョンで一番ページ数が多く、複数のエディタがページを起こし続けているLocalWikiの事例。室蘭市のLocalWikiはどのように始まったのか。

LocalWikiと観光の考察より抜粋

始めたのは一人の市民

櫻井孝(49)さんは、室蘭市内の会社経営者。コンピュータのネットワーク構築や仕事のオペレーションを構築してお客様に喜んでいただく仕事をしてる優しいおじさんです。

「LocalWikiってね、その街に住んでいる人が自分の街のことを、地図付きで発信できるサーバがあるんです。これちょっと面白くて、誰でもどの記事 でも書き足したり、書き換えたりできるから、最後は嘘とかなくなっちゃうし、改ざんされても履歴が残るから、悪意は消えてしまうんです。行政の方や組織を 代表するのではなく、個人が始めて、そのネットワークで動くのがいいと思います。サーバの運営費用を提供しているのはアメリカのナイト財団で、この財団は 真の民主制度を実現するためのジャーナリズムとアートを応援するという立場。開発者はカリフォルニア大学の当時デービス校の学生で、デービスでは今、市民 の7人に1人が記事を書いているんですって。これは、街をよくしたいと思う人がその思いを声にして、より自信を深めてゆく道具だと思うんですよ」 という話を聞いて二つ返事で、「やる」と。


その場で、LocalWikiの室蘭リージョンを立ち上げ、コミュニケーション用のFacebookGroupを立ち上げます。室蘭wikiの 誕生です。スタートは2014.8.28 でした。そして、親しい友人、仕事仲間、同級生など、分け隔てなくというか、興味のありそうな重要な人々を誘います。「何をやるんだかまったく分からな かったけど、櫻井がいうなら」という彼の信頼が人々の信頼になり、蓋を開けると書き手が生まれていました。

櫻井さんは寛容でどんな人が入ってきても受け入れます。受け入れられないメンバーがいるときは双方の話を聞いて、混在を調整します。そして、人をないがしろにするなど、ダメなものはだめと。

彼本人はそんなにたくさんの記事を書きません。どちらかというと、書く人のお世話。コンピュータの使い方、ソフトウエアの使い方、スマートフォンでの操作 を教えたり、援助したり。書きやすい雰囲気づくり、書きたくなるような環境づくりを大切にされているようです。だから、40代から50代中心でも書き手が ふえていったのですね。

彼が時々書く記事は室蘭への愛にあふれています。櫻井さんの書いた記事の一つ、フェリー、嬉しいねには、市長を批判したり、大事にしたり、身近に感じている室蘭市民の気持ちがよく出ています。櫻井さんはLocalWikiの説明を初めて聞いたときLocalWikiが民主制度そのものを表現できる、「市民が自らの意思で自分たちの町の価値を上げる活動である」と感じたそうです。編集者たちは彼の開設したFacebookGroupで日々コミュニケーションをとっています。

初めてメンバーが顔を合わせた最初のイベントが2014.10.24の第一回編集会議です。

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/699040236874366/

この場で「室蘭には何もない。不景気の街、自分は何もできないといっていた人が、眺めのいいところがある。いい文学がある。綺麗な海がある。写真なら持っ てる。美味しい食べ物があると目の輝きが変わる瞬間をみた」と札幌から同行した参加者の一人が言いました。「その土地をこころから尊敬する余所者が真剣に 褒めたら、市民の地元愛に火をつける」とも。

なぜLocalWikiをつかうのか。(田辺市のマッピングパーティで解説)