宿に戻ったら、クリスマスのディナーのテーブルが整えられていた。
亭主が焼いてくれたチキンの味はレモン。たっぷりのレモンの汁で柔らかく爽やかに仕上がっていた。小笠原で完熟したレモンは樹でまん丸になっていた。普段食べるレモンの香りを強くした感じ。すこしだけ甘みがある。
甲州のスパークリングが用意してあった。亭主はワインが好きで国内のものも色々飲み比べている。確かに飲むとレモンのチキンと呼び合って唾液が止まらなかった。
僕らのテーブルには何故かフランス語のできる素敵な女性がいてくれて、向かいに座ったフランス人のカップルにグラスを持たせて、ノエルを祝うように促している。それがなんだか幸せだ。男性のほうが、グラスを持って日本風にお辞儀をする。背中を向けるように座っていた亜麻色髪の女性は振り返ってたどたどしい日本語。ありがとう。うれしい。という。
前日にご連絡したのにも関わらず、亭主の心づくしのディナー。
整備された芝生。外のテーブルで随分連れと話し込んだ。
僕は二本目のワインを空にしたころ、猛烈な睡魔に教われた。朝からアカガシラカラスバトの生息地など、父島の山を歩き回っていたのだから。お腹もいっぱいだし。でも、楽しい会話がもったいないので、15分だけ寝てくると言って部屋に戻る。そして、気持ちのいい白いシーツを纏ってグッスリ。
「まあ、すてき!本当に15分で戻ってきてくださるのね」
戻ると僕らの連れとなった美しいマダムがいう。もともとの連れは彼女に、随分と甘えて僕も聞いたことのない身の上話をしていたようで、ご機嫌だった。
おがさわら丸が、竹芝から26時間の怒濤を越えた旅を終えて島に着くと、スチールドラム、踊り、跳ねる子どもに歓迎された。宿の看板を持って、人の良さそうな亭主が迎えに来てくれていた。僕らの宿には日本人の母娘、女性の一人旅、僕ら二人連れ、そして、白人のカップルがいた。フランス人かな?スペイン人かな?どう挨拶しようかなと躊躇していると、フランス留学の経験のある一人旅の女性がいきなりフランス語で話しかけた。
彼らは日本語で、僕らはフランス語で、こんにちは、初めましてと挨拶。その後はあまり会話できないが、なんとなく交流はしていた。爆弾低気圧が来て、前線を通過してきた船の揺れを乗り越えてきた仲間意識が既にあったのかもしれない。
ワゴンに乗り込む時、つい、フランス住まいをされていた素敵なマダムのお荷物をお預かりして積んだり、乗車をエスコートしてしまった。あっという間に意気投合。宿につくと、僕の連れと三人で一つのテーブルについて宿の説明をきく。ぼくらはこの後、この旅の間ずっと食事をともにすることになる。僕らの母島行きにも付き合わせた。全く無計画に、島の居酒屋にでも行こうと思っていた二日目の夜。それが、宿でクリスマスディナーとなったのは亭主の話すお客様の思い出からだった。勿論、亭主のつくる朝飯が旨かったからだけど。
「長逗留されるかたも多いのですか」
「素敵なお客様がおいででした」
冬の閑散期でも今日(12月23日)のように風もなく、気温20度と暖かく穏やかな日もあるんですよ。そんな日に、ビーチで食事をしたいとおっしゃるお客様がいらっしゃいましてね。その方、有名なワインメーカーの社長さんだと思うのだけど、とても気さくで優しい人でした。「なんでもいいから、出来た順に持ってきてくれますか」と。「ワインは適当に選んで。料理もつくりたい物をね」。二航海ぐらいいらっしゃいましたかね。毎日、何もしないで過ごされるのが実にかっこ良かったです。僕も楽しくてビーチにテーブルと椅子を運びましてね、キャンドルもご用意したんです。お料理ができるたびに、厨房からビーチに運ぶんです。なんだかとても楽しいものでした。黄昏時の野外は本当に奇麗ですよね。
それ、明日のお天気がよければ、やりましょうか。クリスマスイブだし。実際には、風が強く気温も下がったので、食堂で料理とワインを楽しむことになったわけだ。
よく食べて、よく話した。
ここは父島のキャベツビーチ。
http://www.ogasawaramura.com/stay/area1/cabbage.html
オーナーとアルバイトのお姉ちゃんと二人で切り盛りしている。お姉ちゃんのつくるTシャツ、ついつい欲しくなって買ったら、この旅で知り合った人全員。つまり、5枚くらいかな、みんな真似して買っていた。ステンシルなので、一着一着風合いが変わるのでいい。