2012年12月26日
 

母島の島民は500人。ざっと100人くらいがははじま丸の出航を見送ってくれた。

 

ははじま丸の到着を待っていると、父島で同じ宿だったフランス人のカップルが降りてきて、挨拶。懐かしそうにこちらへやってきた。

 

いざ、出航、船にあわせて、岸壁を走る子どもが20人くらい。手を降り続ける。中に、アロハシャツを着た宿のお姉ちゃんが一緒に走っている。彼女はそのまま、岸壁の端を飛び出して海に飛び込んでさらに手を振り続けた。

 

船には昨日挨拶をした小学校の先生が乗っている。男子生徒に浣腸されたり、生徒達が顔を見ると抱きつくカッコいいお兄ちゃん先生だ。自分の息子達をつれて、実家に帰るという。

自分の子も、他人の子もみんな抱きついてくっついて甲板で寝ていた。

 

 

 

旨いトマトの農家のねえさん、宿の人、店の人、母島で出合った人がほぼ全員

 

優秀な教員達が、自分の子どもを育てることも含めて、公募に応じ、狭き門を通って小笠原を目指すという。ひと学年、数名の小中学校の真ん中には柔らかい芝生のパティオ。息子が小学生なら、ここに送り込みたいと思う。

 

何しに来たかと訊かれて、調査だよと応えると先生はこういった。

 

「短い時間じゃ、なんにも分からないでしょ」。

 

僕はなんだろう、すごく自然にいい返した。

 

「そうですね」と同意して笑顔。

「短い時間でも、分かることは沢山あるんですよ。そして、長い時間をかけても、分からないことは分からない」。

 

なんだか自信満々に生意気な応え。先生はきょとんとしていたのか、納得していたのか、とりあえず、絶句していた。

 

母島の北の端でクジラの群れに何度もあう。抹香鯨だ。尾鰭が水面に出た時はみんなで拍手と歓声だ。横浜のシロアリ駆除の業者が、外来種の駆除で枯らせたアカギのシロアリを駆除するので、何度も来ていてクジラに詳しくなったと解説をしてくれる気さくな兄ちゃん。林野庁、環境省、東京都等の縦割りで、結局全部自分がやるんだけど一回で終わらないでイライラすると笑っていた。

 

自然公園の木は切ってはいけないそうだが、シロアリの餌を造るぐらいなら、薪として活用して、風呂でも炊くかと前夜の母島で宿主と盛り上がったところだ。

 

父島で出来た友人たちに母島の農家に分けてもらった野菜を土産にすると、小躍りするほど喜んでくれた。中華料理屋のテラスで宿で知り合った美女と食事していると夫婦と間違えられた。

 

「船に乗るのかい?随分落ち着いているね、旅慣れてるな」と大将がいう。

 

「え?だって、出航は2時でしょ。まだ30分もあるじゃない。だめなの?」と急に焦り出した。

 

「いや、全然間に合うよ、でも、普通は、みんな1時すぎたらそわそわして、飯もそぞろに出て行くんだ。お客さんは落ち着いているよ」

 

「ごめん、トイレかして」

 

「はい、ごゆっくり。がははは」

 

父島の人口は2,000人。港にはざっと300人は見送りに来てくれているだろうか。知り合った10人ほどの顔を見つけると、お互い思い切り手をふる。

 

「おがさわら丸に御乗船の皆さん、御来島、こころから感謝します。航海の安全を祈願して、出航太鼓を叩かせてもらいます」と大声の青年。

 

そして、10名ほどだろうか、女性も含めて、おもいきり明るく太鼓を叩いてくれた。僕は和太鼓に弱いのだろうか、そこで号泣。

 

レイを首にかけられた旅人達は、ハワイのように、海に投げて手を振る。

 

 

「いってらっしゃい」とおくりだされるのか

 

 

役場のおじさんが照れながらも、でっかい旗をふる。いってらっしゃいと書いてある。ガイドのおじさんも見えなくなる迄、宿の主人もおねえちゃんも、飲み屋の人も。島で出合った人がみんないるではないか。

 

 

6、7隻のクルーザーが追いかけてくる。奥の自衛隊の岸壁で消防車がえらい勢いで放水して、日章旗まで降っている。酒を酌み交わしたヤツ、派手好きで、気があわねえなと思ったヤツがボートを操縦していると、つい名前を呼んで、お互いに満面の笑顔。道ばたであったヤツ、畑仕事の説明をしてくれたヤツ、どんどん船から飛び込んで手を振っている。

 

最後の一隻は30分も荒波を追いかけてきただろうか。女の子が三人飛び込んだ。

 

なんて見送りだ。

 

 

 

宿のご主人がくれたワインを飲み始めると、僕らの部屋はデッキに面しているので、いろんな人が笑いながら僕らを指差す。

 

14時の出航から16時迄、飲んだだろか。
聟島が見えた。
そして、また長い眠りにつく。19時の食事迄爆睡。

 

そして、次は21時から朝7時の食事の放送までまたグッスリ。

 

8時から11時半迄眠り、12時頃、美女が昼飯の誘いにくる。伊豆大島の島影に大はしゃぎ。

 

レストランで隣の男の子、2歳かな。彼がじっとこっちを見ているので、挨拶した。

 

東京に12年暮らすという中国人の家族。「僕らは、中国人だけど、日本のサラリーマン」だという。奥さんが観たテレビの映像が忘れられないという。日頃二人の息子の子育てて大変だからと。さらにこんなことも。

 

「中国人の僕がいうのはおかしいかもしれないけど、日本は素晴らしい。いま、僕は家族をつれて海外旅行したら、中国も含めてもっと緊張して、心配。気の抜けない時間をすごすだろう。安全で美しい日本国内で、さらにあんなに素晴らしい小笠原が良かった。ホテルも料理も素晴らしかった。陛下が泊まったホテルで同じ料理を食べた。僕は今、海外旅行をしたいとは思わない」という。

 

島で連れになった美女のお父さんは特攻隊で、明日出発という日に終戦を迎えたのだという。帰ってくるのが辛かったというお父さんは友人の眠る靖国には欠かさず参拝するのだという。

そんな話の横で、上海出身の夫婦のちいさな息子達が僕らに懐きはじめる。

 

奥さん思いの旦那を褒めると、奥さんも仕合せそうに沢山話す。

 

領土問題について、奥さんは隣同士だから兄弟喧嘩はあたりまえ。家の男の子二人もすごいものの取り合いですという。お父さんは、中国共産党は沢山お金を集めて、まだ、国民に還元できていない。幼稚な国だという。いままで、外から侵略されて負けたのは三回。元と清と日本。中華はそれが悔しい。いままでで一番弱い時期を過ぎて、また世界で一番を取り戻したいと思っているときに尖閣諸島があっただけで、石油がどうしたとか関係ないと思う。ただ、言ってみたいだけだ。とても幼稚な気持ち。半日デモをする人は歴史の勉強ができていなくて、間違った教育のなかで育った人だという。

 

家では中国語、人前では日本語。

この子たちは、日本がとても気に入っている。この子たちが大人になったころ、中国と日本はもっとつながっているねという。

フランスとドイツも領土を取り合って殺し合ったけど、今は一つの国になってしまったねと。それが話の終わり。

 

東京湾に入ると、鏡のように穏やかな水面。15時30分竹芝到着。