日本の昔話/やろか水 について知っていることをぜひ教えてください

昭和5年初版、昭和16年新訂版された柳田国男氏による「日本の昔話」の中の一遍に「やろか水」というお話がある。「やろか水」は、現在の岐阜県、貞享4(1687)年の洪水の状況を残している。時は江戸時代元禄期、第五代将軍徳川綱吉が生類憐みの令を出したと同じ頃、天皇は東山天皇。寛永の大飢饉などの影響から1643年田畑永代売買禁止令(農民所持の田畑の移動や、集中を防止するという命令)が出されていたが、再びこの年に打ち出されている。世界の出来事と言えば、ニュートン力学が発表されていた年。

 

やろか水

むかし尾張の井堀という村で、秋のなかばに毎日雨ばかり降って、木曾川の水が段々に高くなり、堤が切れるかも知れないと心配して、村の人たちが起きて水番をしていることがありました。或夜の真夜中頃に、川の向いの美濃の伊木山の下の淵あたりから、頻りにやろうかあ、やろうかあと喚ぶ声がしました。ー中略ー

怖ろしくなって人夫の中の一人が、思わず知らず高い声で、いこさばいこせえと言ってしまいました。そうすると忽ち大水がどっと押し寄せて、見ているうちにこの辺りの田が全部、水の下になった......。それで今でもその時の洪水をやろか水と謂っております。今から二百五十年ほど前の、貞享四年の事だという人がありますが、この大川の附近には、他にもそういう話が村々にあるそうです。(尾張丹羽郡) (日本の昔話より抜粋)

 

「やろうかあ」とどこからともなく止むことなく繰り返される、只不思議で不気味な声に、言われも知れない恐怖を人々が感じはじめ、耐えきれなくなった一人が「いこさばいこせえ」と声をあげてしまうことで、田畑は洪水に呑み込まれ、跡形もなく崩れ落ちる様子が伝えられています。言葉では洪水に対する恐怖、被害による様が示されているのですが、この裏側には飢饉に見舞われた長い年月による生きる事への不安が強く感じ取れ、あくまで止むことなく繰り返される不気味な声が、天災のみによるものではなく、当時の幕府、天への恐怖とも感じました。もしかすると、このやろか水は、百姓一揆の様子もと想像するばかりです。昔話は、単なるお話ではなく人々が生きた声だと深く感じ取れました。

[2017/2/14 菅原由美]