遠野の人々
遠野の街を歩いていると、とても人口3万人に満たない小さな自治体だとは思えない広さや力を感じる。遠野市は市長のもと、沿岸が津波で被災することを想定した避難訓練を繰り返し行っていた。自衛隊、警察、岩手県、遠野市と隣接する気仙沼郡の住田町などと一緒に、いざというときのために丁寧にシミュレーションを繰り返していたという。
「他人事ではないんですよ。うちも何代か前に嫁に行った人もいるし」
「私、大槌の出身なんです」
「私、遠野から嫁にいってたんですけど、壊滅した村にね。いったん実家の世話になってやりなおします」
「大槌町とはね、遠野が市制を敷く前は上閉伊郡下でいっしょだったから、本当に同じ街みたいなもんなんです」
多くの市民が口を揃えて後方支援はあたりまえのことだという。
「僕は、山田の出身でね。だけど怖くて見に行けないんだ。今もまだ一度も行ってない。だからそのかわり、全国から来てくれたボランティアさんが働きやすいようにお手伝いだけはしようと思ってね」
「私もね、毎日おにぎり握ったりね、毎週バスに乗って炊き出しに行ったりね、町内会長さんたちが仕切ってくださったので、お手伝いできたんですよ」
「私は遠野に嫁に来たので、ここの人間という資格はないかもしれないけど、本当に遠野の人たちはよく動いたと思いますよ」
「市長も、役場の人も良くやったとおもいますよ。あんまり寝てなかったんじゃないのかしら。私達は停電して、ちょっと寒い思いしたり、棚のものが落ちて片付けただけだったから、お手伝いは当然だもの、こんなんじゃ瓦礫なんてむりだから、炊き出しだけでもねえ」
「煙草買いに来た方がね、自動販売機が波に浮いているのを見つけて壊して、避難している人に飲み物取り出して配ったとか、そんな話してくれるの。寒かっただろうな、冷たかっただろうなって思ったら、泣けてきて。ただただ頷いてお聴きすることしかできなかったの。でも、話したらやる気でたって喜んでくださって、こっちが励まされるの。また煙草買いにくるねって海のほうに戻って行かれるの」
「いや、ボランティアで来ている人たちに、出来るだけ安く、腹いっぱい食わしてやりたくてね。たまに、地酒一升出しちゃったりして。儲かんなくてもつぶれなきゃいいんだよね」
商店街でこぼれてくる話もなにか一貫したものがある。
遠野木材の仮設住宅は「仮設」じゃなかった。
遠野市が建てた避難者のための仮設住宅は、市役所に歩いて数分の市の職員の駐車場を敷地にしている。そこからは遠野駅も、スーパーマーケットも、病院も、銀行も、郵便局もすぐ近くだった。
遠野市の職員によると、国や県の対応を待たずに、遠野の材木で、遠野の製材所で、遠野企業の設計や施行で、白木の美しい、あたたかい仮設住宅が建っていた。仮設といっても基礎工事をしていないだけで、基礎の上に乗せれば、立派な建築だ。後に、国の仮設住宅に対する予算措置を受ける。そして、費用のはみ出た分は遠野市が支払う。それは、遠野の企業の産業振興、遠野の木材の評判に繋がるという。木の渡り廊下で集会場と繋がっている設計。
「基礎を打って移設すれば、老人介護施設等として使い続けられるんですよ」と笑顔でいう。
お年寄りや、ベビーカーを使う小さい子のいる世帯の棟は、集会場と屋根付きの渡り廊下で繋がっている。
復興事業と、これまでしてきた地域の産業作りが自然に繋ぎ合わされていた。例えば、森林(もり)のくに遠野・協同機構。
この施策を見ると、遠野地方森林組合や企業、職業訓練校があつまって、原木取扱い、製材加工、乾燥加工、集成加工工場、プレカット加工材、建具・内外装材、家具製作、住宅構造部材、人材育成、ゴム製品の製造・販売のネットワークが組まれているのがよくわかる。これも遠野らしさなのだろうか。
仮設住宅のことも「森林のくに」のことも褒め讃えていた商店のおかみさんが最後にいった。
「でも海で育った人は海の近くに帰りたいのよね。いつまでもいてくれていんだけど、帰りたいときにはなんとかして帰らせてあげたいわ」
江戸期までは遠野南部氏の居城があった城下町。河川は北上川の支流で、年貢米や沿岸部の産物は北上川の流通に預けていた。
有名な「遠野物語」の冒頭には地名の由来はアイヌ語の湖「トー」から来ていると記されている。民話の中には、欲がないために「何代も続いて家が栄えた」とか、惨いことをしたために「栄えてた家が滅びた」という描写も目立つ。
広い湿地に開田をして、700年の永きにわたり南部氏の統治が続いた岩手一帯。そして、この遠野は「奪い合いよりも近郷との繋がりを重視した文化を育んだ」という人もあった。
(取材日:2011年12月24日 ネットアクション事務局 杉山幹夫)
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