平成27年7月27日~28日
「地方創生・地域活性化に向けた
地方自治体におけるソーシャル・メディアの効果的活用法
~成功運用事例から観光活用への取組、オープンデータ活用まで~ 」

 

LocalWikiを活用した住民や旅人による観光案内の可能性

2015.7.27 LocalWiki Organization Japan  杉山幹夫

 

はじめに

LocalWikiとは、カリフォルニアのデービスで発祥した住民が自分の街の情報を発信するためのサーバとその活動を指します。コンテンツはオープンデータで、誰でも二次利用ができます。地図が付いています。そして、だれでも記事を書くことができ、誰の記事をも編集、改変、削除することができます。現在15カ国641リージョンが立ち上がっています。室蘭市での活動は、FacebookのGroup機能を活用した公開の編集会議に、500人を超える参加者があり、編集会議自体がメディア化している状態で、サイトをつくる共通の思いが楽しい市民の集団を作っています。個人のネットワークが室蘭の都市振興を意識して街のサイトを構築しています。昨年8月発足の当初から「観光誘致の役に立つよね」という議論はありました。最近、ページ数が500を超えてから、サービスや場所をルートでつなぐ編集が始まっています。
 

1室蘭の事例

仕事帰りに測量山へ

2016年3月 日常のやり取りの中で、エディターのお一人がくださったメッセージ、LocalWikiの活動による意識の変化が記されていた。
仕事帰りに測量山へ

 

旅人が美しいと思って撮った写真を観た室蘭の人が変化

室蘭ユースホステルからトレイルランニング
 

「これ室蘭?カナダかスコットランドだと思った」

「室蘭てこんなに綺麗なの?」

この写真をご覧になった室蘭の方がおっしゃいました。

 

「北海道で一番魚の種類が多くて、山の幸もたくさん。都市のすぐ横に素晴らしい自然。こんなに幸せを室蘭にだけ集めて不公平です」と言われると、

「そんなこと考えたこともなかった」

「室蘭のこと褒められて嬉しい」

「室蘭のことを知らなくて恥ずかしい」

「室蘭のこと知らなくて悔しい」

「私も取材して発信してみる」  
 

撮った写真の美しさを、いろんな人が褒めます。すると、


「私、写真も文書もほめられたことなかった。うれしい」

次から次へと記事を書いてくださいました。

室蘭の記事数はリージョンの開設1年を待たずに550ページを超え、「室蘭」と検索して、1ページ目に顔を出すようになりました。気がつけば、写真の近くの宿泊施設とその街の老舗の記事がたくさん上がっていて、それをつなぐだけで観光ルートの提案ができるようになっていました。

室蘭プリンスホテル港の文学館喫茶 英国館 

旧・山口紙店の赤レンガ問屋の坂天勝の天丼北京亭

カナダ?って言われた

 

 

 

   

 

シーカヤックが観光コンテツになるかも

カヤッキング

昨年、室蘭にお住いでシーカヤックを趣味にしている方が編集会議に写真と紀行文を提供してくださいました。それを編集して、LocalWikiに載せる編集者があらわれます。そして、複数の記事になっていました。 シーカヤックの記事を集めたページをつくると、そこに「電信浜でシーカヤックを教えてもらえますよ」と情報がとどきます。それを知った別の編集者は、住民組織が子供のために海水浴場を設置し運営する団体を取材します。子どもの安全を守り、その一環としてカヌー経験者とともに、体験教室を開くことを記事にします。

これまで鉄の工業都市のイメージが強く、工場夜景や美しい断崖の風景、お土産品の発信はあったものの、美しい海をカヌーで旅する提案が起こりました。LocalWikiには提案が生まれると同時に発信されています。

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/718842911560765/

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/719295654848824/

 

芥川賞が三人も出ている街なんて他にあるの?

室蘭の人々は、芥川賞作家を三人輩出した室蘭の街の文学に誇りを持っています。しかし「室蘭は工業の街で、文化は小樽にかなわないんです」なんて言ってしまう市民もいます。 港の文学館という施設を室蘭市が設置し、市民団体が運営しています。そこに寄り添った形で作家と作品を紹介する活動がLocalWikiの編集者のなかで起こりました。旅人は素直に文学館に展示されている明治の旅行家イザベラバードの言葉を引用して「室蘭は世界一美しいと賞賛されている」とか、生まれてきた文学の量の多さと、質の高さ、それを整理展示する市民活動への賞賛を記事にします。

時間をおいて、文学の記事をつくる編集体制が数名で組まれます。そして、記事が上がると、多くの人が深く共鳴します。さらに、その背景となったロケーションの調査が始まります。楽しい調査と勉強会が繰り返され、港の文学館に集まって、研究会が開かれます。
https://www.facebook.com/events/1602960076644091/
 


「海に生くる人々」葉山嘉樹

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/678424695602587/
そして、地元でも知らなかった人がいる散歩道が提案され、知らなかった地元の人が悔しがり、発信の感覚が広まることになります。
 

室蘭駅から歩いて1日
周辺の飲食店で食事をしたりしながら、1日回遊する紀行文が載ると、よってたかって写真やリンクが貼られます。

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/718961774882212/

 

室蘭を旅する

一年かけて飲食店や宿泊施設、風景がたまったものを訪ねる歩き方をしてみます。

市民が歩いた散歩の記事を元に「歩こう!」をつくると、触発されて「走ろう!」を作る人が出てきます。写真を貼りあったり、文字を入れあったり、複数の人が思いを一本の意図で編み上げます。気が付けば、旅人向けのページができあがっていました。ホエールウオッチングや室蘭やきとり、工場夜景、ボルタといった名物の記事がなぜかありません。
ところが、じわっと室蘭を好きになる人が、記事に反応して街を訪れるようになっています。リージョンが立ち上がって最初に並びだした食べ物や風景の記事はよく見られ、「室蘭で」引くと検索サイトの1ページ目に出てくるようにもなりました。

室蘭を旅する

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/719933318118391/

https://ja.localwiki.org/mr

 

 

始めたのは一人の市民

櫻井孝(49)さんは、室蘭市内の会社経営者。コンピュータのネットワーク構築や仕事のオペレーションを構築してお客様に喜んでいただく仕事をしてる優しいおじさんです。

「LocalWikiってね、その街に住んでいる人が自分の街のことを、地図付きで発信できるサーバがあるんです。これちょっと面白くて、誰でもどの記事でも書き足したり、書き換えたりできるから、最後は嘘とかなくなっちゃうし、改ざんされても履歴が残るから、悪意は消えてしまうんです。行政の方や組織を代表するのではなく、個人が始めて、そのネットワークで動くのがいいと思います。サーバの運営費用を提供しているのはアメリカのナイト財団で、この財団は真の民主制度を実現するためのジャーナリズムとアートを応援するという立場。開発者はカリフォルニア大学の当時デービス校の学生で、デービスでは今、市民の7人に1人が記事を書いているんですって。これは、街をよくしたいと思う人がその思いを声にして、より自信を深めてゆく道具だと思うんですよ」 という話を聞いて二つ返事で、「やる」と。


その場で、LocalWikiの室蘭リージョンを立ち上げ、コミュニケーション用のFacebookGroupを立ち上げます。室蘭wikiの誕生です。スタートは2014.8.28 でした。そして、親しい友人、仕事仲間、同級生など、分け隔てなくというか、興味のありそうな重要な人々を誘います。「何をやるんだかまったく分からなかったけど、櫻井がいうなら」という彼の信頼が人々の信頼になり、蓋を開けると書き手が生まれていました。

櫻井さんは寛容でどんな人が入ってきても受け入れます。受け入れられないメンバーがいるときは双方の話を聞いて、混在を調整します。そして、人をないがしろにするなど、ダメなものはだめと。

彼本人はそんなにたくさんの記事を書きません。どちらかというと、書く人のお世話。コンピュータの使い方、ソフトウエアの使い方、スマートフォンでの操作を教えたり、援助したり。書きやすい雰囲気づくり、書きたくなるような環境づくりを大切にされているようです。だから、40代から50代中心でも書き手がふえていったのですね。

彼が時々書く記事は室蘭への愛にあふれています。櫻井さんの書いた記事の一つ、フェリー、嬉しいねには、市長を批判したり、大事にしたり、身近に感じている室蘭市民の気持ちがよく出ています。櫻井さんはLocalWikiの説明を初めて聞いたときLocalWikiが民主制度そのものを表現できる、「市民が自らの意思で自分たちの町の価値を上げる活動である」と感じたそうです。編集者たちは彼の開設したFacebookGroupで日々コミュニケーションをとっています。

初めてメンバーが顔を合わせた最初のイベントが2014.10.24の第一回編集会議です。

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/699040236874366/

この場で「室蘭には何もない。不景気の街、自分は何もできないといっていた人が、眺めのいいところがある。いい文学がある。綺麗な海がある。写真なら持ってる。美味しい食べ物があると目の輝きが変わる瞬間をみた」と札幌から同行した参加者の一人が言いました。「その土地をこころから尊敬する余所者が真剣に褒めたら、市民の地元愛に火をつける」とも。

なぜLocalWikiをつかうのか。(田辺市のマッピングパーティで解説)
 

 

最初の編集会議の場であがった記事は

カッコイイ!
https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/699040236874366/

のちに、港の仕事を象徴するコンテンツとなります。後から参加した編集者が次々にタグボートの写真を足してゆきます。
最初に食べ物と絶景が集まりました。

  1. 食べて良かった
  2. 眺めのいいところ

この二つが初期のコンテンツ群で、結果観光コンテンツにも反映します。

2014、リージョン開設から5ヶ月のクリスマスのころのフロントページ
https://ja.localwiki.org/mr/Front_Page/_history/31

 

最近はマッピングパーティを誘発

LocalWikiにはOSMという地図がついているので、情報がたりないと、編集ついでに、地図も描いてしまうエディタがでてきます。
バス停を地図にプロットしてアプリをつくる作業に参加するも、普段から記事を書いているエディタたちは、報告書を記事にしてあげてしまうのでした。

 


どうも三つの条件が整っていた

 

  1. 友達の信頼を得ている地元の人と素直に受け止める友人
  2. その街に本当に感動してそれを表現する旅人
  3. いいものが正しく褒め続けられる状態

 

 

2ソーシャルメディアの活用で寄せられた自治体職員の努力や悩み

釈迦に説法ですが

 

三つの立場での参加

  1. 職務に責任を負う組織の代表として参加する。
  2. 専門知識を持った専門家として参加する。
  3. 個人の興味関心に基づいて一市民として参加する。

 

三つのパターン

  1. いずれかに割り切って参加する方。
  2. 割り切れずに苦しんでいる方。
  3. 立場を行ったり来たりしてバランスを取っている方。

心ない「市民」の攻撃にあい、恐怖感、義務感、被害者意識が生まれてしまい、全く動けなくなる職員にもお会いします。何があってもへこたれない職員の両方に出会います。そんな中でも、LocalWikiの活動に触れたとき「集約的に情報を得ることのできる公務員が動かなかったら、何のための公務員なんだ。公務員である前に公務員はその自治体の民であるということを忘れるな」と語る自治体職員の方もいらっしゃいました。この先、無理をせず、役所らしい、正しい関わり方を考え出してくださると思います。

 

楽しそうにLocalWikiを利用する自治体職員や教員たち

  1. 札幌市役所の子ども未来局の担当は、FacebookとLocalWikiの連動を企画。記事を書いている。
    子どもと札幌
  2. 田辺市役所の南方熊楠顕彰館の職員は、LocalWikioの記事、LocalWikiで使う地図OSMをつかって、館の情報を徹底発信。周辺情報に及ぶ。
    南方熊楠
  3. 富里市の学芸担当の職員が、サーバを知った日に富里リージョンと立ち上げ、歴史的資料を提供して発信を始め、どうすれば、市民の自主的な活動になるか、自分でLocalWikiに記事を書きながら考え続けている。
    末廣農場物語
  4. 室蘭市の職員は時々、自分の業務に関わることで、編集会議に発言したり、市役所内部に情報を伝え、問題の解決を行うこともある。
    Wi-Fiタグつくりました
  5. 市立札幌大通高校の教員は自分でも記事を書きながら、生徒の社会体験と情報発信を結んだ授業を行い、生徒の執筆を促している。
    市立札幌大通高校
  6. 室蘭の海星学院高校は教員が生徒に学校の歴史と今の魅力を発信する活動を呼びかけた。
    うちの子たちノリがいいからなあ
  7. 橋本市の職員は、情報部門時代、LocalWikiを知り、政策を編み込もうと、リージョンを立てて、編集会議を開催し、知り合いとともに運営を始める。健康増進部門に移った後は、ウォーキングやサイクリングの情報作りを業務として取り組めないか検討しながら、余暇で記事を書き続けている。
    橋本リージョン

 


3LocalWikiの発祥と経緯

 

カリフォルニア大学デービス校の数学科の学生が、どうせなら街の役にたつものをつくりたいと、住民が自ら情報をのせられるサイトをつくる。誰もがお互いの記事を書き換え、記事はだれもが転用できるライセンスにした。最初はオタクしかつかわない。街のこと、お店のこと、歴史のこと、自然のこと、詳しい人に説明して書いてもらう人的努力を続ける。LocalWiki.orgをたちあげる。オープンデータの地図、誰もが描き換えることのできるhttp://www.openstreetmap.orgと出会い、LocalWikiに取り込む。

 

 

日本での展開

国土交通省の事業で、伊豆大島観光協会が高校生記者を採用。彼らの活動の場として、当時は有料のサーバにオープソースを利用して伊豆大島ジオパーク・データミュージアムを上げた。2012.9.24
高校生の記事が札幌の大通高校を動かす。その後、藤沢市民の要望で試し運用のサーバが提供されたため、名取や札幌の記事群も出来上がる。ナイト財団が支援を始め、日本語化も含めて無料のサーバが提供される。2014.8.19
日本の第一号は田辺市。次に室蘭市が開設。札幌などはシステムで移植。 ナイトが支援をする理由は「真の民主制度を実現するジャーナリズムとアートを応援する」財団の本旨から。 無料のサーバで全国各地でリージョンがたちはじめる。LocalWiki Organization Japan が立ち上がる。2014.11.20
現在活動的なリージョンは、札幌、室蘭、船橋、北広島、橋本、富里など

 

 

国内のLocalWikiのリージョンごとの立ち上げの特徴

  1. 田辺型(公共型、組織型)
  2. 札幌型(個人型、ビジネス型、教育活用型)
  3. 室蘭型(個人型、友人型)
  4. 鋸南型(余所者型)
  5. 富里型(公務員による立ち上げ、個人型、研究型)




4「発信する市民」を生み出すことができるのか

室蘭の場合はスタートは、信頼できる人に紹介された。そして、FacebookGroupに「面白いと思った人」が参入。櫻井さんは「編集会議ではなく、井戸端会議だからいい」といいます。

  1. 信頼できる人に声をかけられた
  2. 書き始めるきっかけは他所者に街を褒められることだった
  3. 書き続けるうえで大事なことの一つは写真や文字が正しく評価されることだった
  4. 新しく仲間が増えていった


役所はどうすればいいのか

室蘭の場合、予算、行動ともに、役所は関与していない状態で始まった。

  1. 公共的な立場、専門的な立場から活動を評価することはできるかも。都市振興を行っていると評価するなど。
  2. 役所からサイトをリンクをすることが応援になるかも。
  3. オープンデータとして活用し、記事の二次利用をする。たとえば、LocalWikiから抜き出した記事で観光案内を構築することもできる。
  4. 教育との連動は重要。「書ける子ども」「書ける市民」「書く市民」を生み出す学校教育、社会教育活動、歴史、風土、地質、経済などあらゆる方向から地元のことを学ぶツールとしてLocalWikiの活用をする。
  5. 企業と市民活動をつなぐ触媒になることもできるかも。


5観光案内は市民を育ててしまう

LocalWikiエディタに起こった変化

  1. 観光客を想定したコンテンツをつくることで「友人を案内する市民」が生まれる。編集が厳密になる傾向が出ている。過去の記事で不適切なものを消したり、見やすく編集する。飾るよりも機能美を目指す傾向が出てくる。観光客を意識したタグによる表現の変化も出ている。内容はシンプルに、わかりやすくシフトしてゆく。
  2. 自分の友人のための記事が観光客に役立つ記事になる可能性がある。
  3. 室蘭のライターが旅をすると、そのまちでLocalWikiのリージョンを探して記事を書こうとする「病気」が発生している。
  4. 旅人、出身者の記事も増えている。

 

6旅人に書いてもらう道はあるのか

例えば、台湾の青年。人気ブロガーの彼の発信は、写真とコメントに反応する若い人々を集めていて、旅の先駆者として人気。ブログとフェイスブックを活用し、欲しい情報をタイムリニー発信し、テレビや映画などの映像メディアの空気感をうまく利用して旅への憧れを拡大する。

https://www.facebook.com/Crazy.JapanTravel/photos/a.421250827958013.95178.254944201255344/782437888505970/?type=1&theater

 

彼はなぜ書くのか

子どもの頃、日本の好きな両親と日本を旅行、風景の美しさ、日本の漫画、ゲーム、アニメなどの文化、冬のコートなど、台湾と違うものに対する憧れを持つ。京都の日本語学校に学び、教員なので長い休みが取りやすい。その時、デジタルカメラとブログとFacebookが存在していた。自分と同じように日本に憧れる人のために自分が美しく、嬉しく感じた情景を写真にして、自分が必要と感じた情報を提供する。彼はなぜ震災の時に台湾の人は大量の寄付をしたのかとの問いに「僕らは日本を外国というようり大切な家族だとおもっています。家族の危機を助けるのは当然のことです」と言っていた。

 

彼はなぜ影響力があるのか

読者の好みと自分の好みが一致している。写真、記事がファンの心を掴んでいる。
同じ立場の同胞からの案内は、次に続く人の憧れと行動を誘発する。

 

すでに人気のブロガーを誘致するのか

それはブログの本質と対立する行為かもしれない。

 

LocalWikiにできることはあるか

旅人が記事を書きたくなるような環境をLocalWikiは整えることができるか。実際にLocalWikiを見て、室蘭に来た東京の人が書いた記事は、室蘭の人を高揚させている。そこで書かれた記事は新たな旅人を呼ぶ可能性がある。彼は、ふじとり英国館天勝ユースホステルなどの記事を見て我慢できなくなったという。

ふじとりの卵焼き

https://www.facebook.com/groups/muroranwiki/permalink/703679149743808/

 

以前、札幌で市民の投稿記事により、全国的に人気になったレストランがありました。そして、訪れた観光客、東京の丸の内のエリートサラリーマンがこんな記事を書いてくれました。ホワイトアスパラを食べ、その季節が終わったときに、書かれたもので、タイミングをはずしていたのですが、翌年、札幌の人が予約を取れないほどの人気になってしまう、その原因になってしまったようです。「ついにラ・サンテ」。
観光客がいい記事を書いたら嬉しい。地元の人が知らないことを知っていると、悔しい。そして、また地元の記者も増えたり、やる気が増したりしてしまうようです。

 

7成果をどう測るのか

企業は株価でその経営努力をはかることができる。一方、地方自治体は税収、固定資産税の増収ではかることができると単純に言えないかもしれない。

ところが、

 

逆に「固定資産税収入をあげるために何をするのか」と発想すると違う見え方になる

なぜ、LocalWikiを取り組むのかという理由に「街の価値が確実に上がる」から 「地元のことをよく知る市民が増えること自体が価値があがる」と室蘭のLocalWikiエディタの何人かがいいます。取り組んだ結果、地価の上昇が指標にならなくても、LocalWikiで編集活動をする人々の目的にに、その土地の価値を上げるという目的があって、それで十分活動できるようです。

「 観光客の量や落とすお金だけて観光をはかると「観光振興」「観光産業の振興」では、綺麗な写真で人が注目すること、ブームを起こして、宿泊や観光施設をつくって、付け焼き刃でも名物をつくればいいということになる’」というエディタがいます。 

「市民の中の発信者が増えることだけでも、すでに街の価値を増やしているのではないか」というエディタがいます。

「教育の分野で活用したら、写真や文字で自分の街を表現できる子どもが育つことになる」というエディタがいます。

 

 

「観光による都市振興」をしようと思ったら、

室蘭の方々のお話しを総合すると

「 お客様がいらっしゃるから、歓迎をするんだという気持ちでいたら、フェリー航路新設の記事は思い切り書きたくなるし、地図も綺麗で、間違いのないようにしようとする。正しい地図を市民が自分でつくって持っているのは街の形を知る上でとても大事だと思う。高校生が客船で来蘭された皆さんのための通訳のボランティアをしていれば、それがとても大事で、記事にしたくなる。でも、それ以上に、その子たちにも街の一員として記事を書いてほしいと思うので、その高校とLocalWikiの活動を結びつけたくなった。本当に旨いものしか紹介できなくなる。今ある魅力の一つ一つを記述しようという気持ちの市民がどうしても増えてゆく。そうであれば、子供から大人まで、お客様を歓迎する気持ちで室蘭のことを調べて発信する活動をしていたら、必ず室蘭の価値があがる。地主や大企業、役所の人たちにも、そういう活動の意味は必ず届くことになると思う。いままでは、役所のホームページがダメだとか、もっと何とかしてほしいと言っていたけど、案内が悪かったら、自分が思うようにLocalWikiで作ってしまえばいいことがわかった。批判するよりも書くことでどうすればいいのがわかるようになる。そして、それを役所なり、企業なりが使ってくれたらそれでいいのではないかと。君が主の君主制度と民が主の民主制度、民が主なら民が昔の君主のように、自分の街のことを勉強して治めることなんだと思う。自分たちが変われば、市役所も本当の力を発揮してくれるようになる」

 

おまけ

オープンデータの地質図ナビが、ワイナリーのブランディングに役立った?

産業総合研究所が公開している地質情報から、ワイナリーの畑が、かつて海底だったことがわかり、ミネラルが豊富な味わいの理由を説明できることになりました。フランスではかつて王様達がやっていたことです。

LocalWiki札幌リージョンの記事がそれを掲載して一年、ワイナリーの公式サイトにその記事をもとにした記事が載るようになっています。役員たちに口で説明するより、記事を書いておいたほうが、勝手に利用されて、強いブランドイメージを呼び起こす結果になったかな。ワイナリーはすでに、岩見沢の観光名所となり、ワインと食材を買い求める人たちが、全国から訪れています。