世界に類のない硬質な白炭で、木炭の最高傑作と言われる紀州備長炭。その技術は江戸時代に確立されましたが、起源は今から千二百年前、平安時代に弘法大師・空海が高野、熊野地方に伝え、悠久の歴史経て今日まで伝承されてきた製炭法であるといわれています。紀州備長炭が世に広く知れ渡ったのは、元禄年間に田辺の炭問屋、備中屋長左衛門が「備長炭」と名付けて江戸に積み出し、好評を博したのが始まりです産を奨励し、増増産を促しました。しかし、増産に次ぐ増産で製炭した結果、大きな問題が起こりました原木枯渇の危機です。

そこで産み出された伐採方法が「択伐」です。株立ちするウバメガシを全て伐らずに太い幹から選択して伐採し、細い幹は次に生長するまで残す方法で「バイ立て」あるいは「抜き伐り」と呼ばれました。これは、山と共に生きてきた先人達の経験から必然的に産み出された技術であるといえます。この択伐により原木枯渇の危機は回避されたのです。その後、択伐の技術は今日まで二百数十年にわたり、継承されてきたことで、ウバメガシ林は絶えることなく循環利用できるわけです。まさに先人達の「択伐」の技術により原木林が守られ、紀州備長炭も守られてきたといえます。

しかし、近年では紀州備長炭を取り巻く状況も大きく変わりました。チェーンソーの普及で生産効率が上がり、手間暇が掛かり、高い技術が必要な択伐は敬遠され、皆伐が主流となりました。製炭効率を追求するあまり、炭窯が大型化し、製炭と原木調達の分業化が進み、原木伐採業者から原木を購入する製炭者が増えました。概して不適切な伐採が多く見られるようになりました。また、山主も原木林に無関心となり、「つくり山」がされずに放置され、シイが優先する雑木山が増えました。循環利用のサイクルが崩れ、伐採がされずに大径化、老齢化する原木林が増えました。さらに、カシノナガキクイムシ被害の増加や萌芽枝のシカの食害など新たな問題も生じつつあります。まさに今、原木枯渇の危機に再び直面していると言えます。今こそ、原点に返り、先人達の「択伐」技術を一から学び直し、循環型原木林を復活させることが急務となっています。

私が、薪炭林を訪れた際、山は勾配の急な坂になっており、歩くだけでも滑ってしまわないか心配に感じるほどでした。また、伐採された薪炭材を持ち上げてみると、細いものでもずっしりしており、一つ抱えるだけでも精一杯でした。このように、足元の悪い勾配の急な坂の中で、択伐を行い、重たい薪炭材をいくつも抱え運んでいる炭焼きさんは凄いなと感じました。

 

択伐が行われた薪炭林択伐された木

 

 

【「択伐」施業の長所】

  • 約15年で次の伐採ができ、繰り返し収穫できる

皆伐は一度伐採すると再生するまで40年以上もかかります。最近ではシカの食害や手入れ不足で再生が困難な原木林が増えています。択伐は伐採した後、約15年後には残した細い幹が成長し、再び伐採できる太さになります。再び伐採できるまでの年数を「回帰年数」といい、択伐の度合い等で720年と差があります。択伐の切株からは、萌芽枝が旺盛に発生し、新しい幹として成長します。15年後には、これらの幹が伐採できるまでに成長します。このように、択伐は15年サイクルで循環的に繰り返し伐採でき原木を収穫できます

 

  • 原木の収穫材積が2倍以上になる

皆伐に比べて1回の収穫材積は少ないですが、40年間に1回皆伐する間に、択伐は23回も伐採できることになります。過去の調査では、皆伐に比べ択伐は2倍以上の収穫材積があることが確認されています。

 

  • 適寸原木の収穫で、炭の単価が上がる

択伐は細丸小丸、上小丸など、販売単価の高い丸物適寸原木(4.5cm 12cm)に成長した幹から順番に伐採することが出来ます。皆伐は全ての幹を伐るため太さはバラバラですが、15cm以上の太い原木の割合が多くなる傾同があります。これらは丸物には適さず、半割や4つ割以上に原木を割って製炭するため、半丸、割など販売単価が安い炭が多くなります。原木の太さによって、窯の収俵数に差がありますが、択伐の方が炭の収益がかなり増えます。

 

  • カシナガの被害を受けにくい

最近は適期に伐採されずに放置され、大径化してしまった原木林が増え、カシナガの被害も急増しています。カシナガは太い木に好んで穿孔し、10cm以下の細い木にはあまり入りません。択伐を繰り返して行えば、幹は太くならずに細い幹を維持できるので、カシナガ被害を受けにくくなります。

 

  • 天然下種変更

択伐により明るい林床が維持され、ドングリの発芽と生長が可能となり、ドングリがなる種木があれば、天然下種更新が可能になります。

 

  • シカの食害に強い

択伐は、葉を付けた幹が数本残っているので、皆伐に比べて萌芽の勢いが強いのが特長です。シカの食害を受けることもありますが、萌芽力が旺盛なので、株が枯れることはほとんどありません。また、択伐林は細い幹が林立し、シカが出入りしにくいため、食害を受けにくいとも言われています。

 

  • 15年毎に山手代の収益が見込める

択伐は、山主(原木林所有者)にも山林経営上、大きなメリットがあります。15年毎に山手代(立ち木の販売代金)の収益が見込めることです。手入れされた択伐林は、さらに山の価値が向上します。スギ・ヒノキ林木は5080年の間に間伐と皆伐による収益が見込めますが、皆伐後は再造林等の経費が必要となります。ウバメガシ等の択伐林は山林経営の新たなスタイルとして期待されます。

 

【短所】

  • 伐採・搬出の作業に手間がかかる

皆伐は伐採・搬出の作業効率が良く、労力、手間、技術力もさほど必要とされません。しかし、択伐は労力、手間がかかり作業効率が悪く、高い技術力が必要となります。過去の調査では皆伐の1.4倍の労力・コストが必要との結果があります。しかし、技術力の向上によりかなり改善できます。

 

 

〜実際に薪炭林を訪れて〜

薪炭林を訪れた際、こういったマニュアルを頂きました。このマニュアルには択伐技術について細かく書かれています。

これを見れば、ただ木を何本か適当に残して伐採するのではなく、技術と知識のもとで択伐が行われていることがわかります。

この択伐施業が伝わっているのは、和歌山県だけだそうです。

実際にこの択伐が行われている薪炭林を訪れることで、これらが誰でもできることではないこと、技術はもちろん、体力なども必要になってくることを改めて実感しました。