“ほわぁ~ん„と2度目のパンが空を飛ぶ。僕はスピードを上げて“パクン„ってくちばしを伸ばす。男の子の掌が“パチパチ„って言う。キャッチボールだ。指を1本立てるのが休憩しょうよっていう合図。それから僕らはまた並んで海を見る。

 

まあるい顔やとがった顔のお月さま

「イタンキの海の上には風が吹き渡り、太陽さんが顔をだし、お月さんがまあるい顔やとんがった顔を見せるんだ。太陽さんは冬には遠いところを照らしに行き、夏にはまたもどってきて海をピカピカに照らすんだ。」男の子の目も横になったお月様みたいに笑ってる。「はやくはやく、もっと聞かせて」って羽を男の子の肩にこすりつける。 

「海の子たちはその陽射しが嬉しくって海から舞い上がり霧にもなるんだ。すると風は陸にいるいつも浜に遊びに来る子供達の様子を見せにイタンキの崖を越えて霧をはこんでくれるのさ。」「なぁんだぁ。霧ってお友達だったんだね。海の子が変身してたんだね。霧が出る日は迷子になるから遊びに行っちゃだめよってお母さんに言われてたから、一度も霧とは遊んだことがなかったんだよ。」って言ったら、男の子は嬉しそうに“こくん„って首を振って僕を見た。

「崖を越えて見える景色は黒い煙をもくもくと上げる工場。そこに黒い列をなして吸い込まれていくお父さんたち。元気な街が見えるんだ。山肌にはいくつもの学校があり、子供たちの顔も見える。こんどは “遊びにきたよ!„ って海の子はグランドへ下りていくのさ。夏の強い陽射しが和らぎ楽しい時間が過ぎるんだ。」

「海の子が霧になるのは明るいときばかりじゃないよ。夕方、また陽射しが残っていてお月さんが早く顔を出したがっているころ涼しげな風に乗ってやってくる。」

「海の子と風は大の仲良し。海の子がうんと遊びたい日は風が大きな波をおこしてくれて高くから波間を遊び回る。すると一緒に遊ぼうと大きな板を持った若者たちが集まってくるんだ。そのなかには自分が海の子になるまえに一緒に遊んだ仲間の顔も見える。そんな時は嬉しくていつもより大きな波を風さんに頼むのさ。一緒に肩を組み一緒に戯れ名残を惜しむのさ。すると海の水が冷たくなっても海の子に会いにきてくれるんだ。」

「本当に海の子って、風さんと仲良しなんだね。みんな海の子が大好きなんだね。」「うん、とってもね。優しい子たちだからね。でもね、風さんが忙しいときには一緒に遊べないでしょ。だから、海の子たちも静かな夜は寂しくなるんだ。そんなとき、お月さんが顔をまあるくしたりとんがらせて見せたりして慰めてくれるんだ。暗い海を照らし光の道をつけてくれたり、心配なときは陽がのぼってもなお影をうすくしながら見守ってくれている。」「わぁ~、すごいね。お月さんとも仲良しなんだぁ。」「そうだよ、いっぱい友達がいるんだよ。」 

「でね、海の子は言うの。ここにくればなんぼでも叶えてあげるよ。お腹が空いたら食べ物をあげる。寂しかったら遊び仲間をたくさん連れてきてあげる。行きたいところがあったら世界中どこへでも連れていってあげる。だから僕たちを忘れないでこの浜へ遊びにきてほしいんだ。って。そして波の手を伸ばしてくるんだ。浜へいったら波の手をさわってあげてほしいな。」「うん、わかった。僕も海の子たちとお友達になるね。毎日イタンキに遊びに来たら、波に羽をつけてあくしゅするね。」 

「そうだ、あの日からだ。お父さんが霧とも仲良しになったのは。」小さな羽は、さっきふれたばかりの波を思い出した。「ピチャって声が聞こえたね….。」

「ちょっとついておいで….。」足を乗せてた岩を“ぴょ„っと蹴り上げてお父さんはお山の方に飛びだした。「ここからは、なんでも見えるんだよ。「そうだったなぁ」ってお父さんはとおい話を続ける。小さな羽は、じっとお父さんの口を見る。

「大きな工場からは働き終えたお父さんたちが続々と現れ、その列は駅へ、バス停へそして灯りの灯り始めた街のなかへと散らばっていく。学校を終えて真っ黒になって遊んでいた子供達も空いたお腹をかかえお父さんの帰りをまちわびている。なかには街の灯りに袖をひかれ、遅くなったお父さんを探しに小走りに駆けていく子供。いつもの店先を何軒か、先に声をかけてくれたのはこれもいつものお父さんの飲み仲間。「おい坊主!」おっかない声なんだけど優しい目と勝手に売り物のガラス蓋をあけて取り出した「煮干し」。奥にいるお父さんを目で確かめ、ひと安心しておじさんからもらった煮干しをかじる。空いているお腹にはこの塩っ辛い味がなんともごちそう。ほろ酔い気分のお父さんに頭を弄られながらの帰り道は「男同士」の気分。そんな様子を眺めた霧は賑やかな街の灯りをやわらかくつつんでいく。」

 もぐもぐと思いだしたお父さんの口が言った。「あの日、男の子のポケットから半分になった ゛煮干し„ っていうのが出てきたんだ。ちょっと黒くってね固くってね。でもそれはもの凄くおいしかったよ。それまで食べたどんなごちそうよりも。だからね、お父さんは決して忘れない。男の子はお兄さんになったし、おれもお前のお父さんになった。海の子たちはいつでもみんなを覚えているし、いつまでもみんな友達なんだよ。毎日毎日、元気なみんなが遊ぼうといってくるのを待ってるのさ。だから、明日も遊びに行こうね。」お父さんが僕の頭をふわっと弄った。海からの帰り道はいつも心が笑ってる。「あっ、みてみてお父さん!お月様がまぁるくなって笑ってるよ。」

 

「原案文 2016/11/9 K氏 創作文 菅原由美」