モロラン陣屋・砲台・番所跡 について知っていることをぜひ教えてください
崎守町の室蘭地名発祥の坂を登って行くと,陣屋・砲台・番所の跡があります.
上のほうが番所跡と崎守神社になっています.
ここに番所と砲台ができたのが1856年,江戸の末期のことだそうです.イギリスのブロートンが黒船で白鳥湾を測量したのは,1796年のことですから,ちょうど60年が経過した後のことになりますね.伊能忠敬がこの近辺の海岸線を詳しく測量したのが1800年です。それから数えても56年の時間を要したことになります.21世紀の現代から比べたら,ずいぶん時間もゆったりと流れていたのかもしれません.
砲台跡は番所・神社の下の方にあります.
砲台跡から海を眺めると,現在は真下は宅地や港として埋め立てられています.
彼方に大黒島が見えますね.大黒島まで4〜5キロメートルはありますね.2〜3キロの砲撃能力がなければ,黒船に対する警護にはならなかったと考えられますが,当時どれぐらいの砲撃距離だったのでしょうか?
当時は,すぐそばまで海だったでしょうから,こんな感じに見えたでしょうね.