室蘭の港 について知っていることをぜひ教えてください

 

 室蘭市のサイトで室蘭市のあゆみには、1593年(文禄2年1月)室蘭地方が松前藩の領地となり、豊臣から徳川に時代が大きく動く慶長年間の1596年から1615年までの20年あまりの間に、絵鞆場所を設定、絵鞆に運上屋を置いたと書いている。現在の崎守に置かれ、室蘭の語源になったモロラン場所については記述がない。二つの「場所」に北前船が寄港している。
 1792年(寛政4年)にロシアのエカテリーナ二世号が接近して以降、何度も黒船がやって来ました。室蘭市のサイトは室蘭港の歴史として、1796年(寛政8年)のプロビデンス号の来航からを港の歴史として記している。

 英国人旅行家イザベラ・ルーシー・バードトキカラモイの木造桟橋に降り立ったのは1878(明治11)年の8月18日。彼女は世界一美しい港だと絶賛している。絵鞆半島に囲まれた波静かな白鳥湾の中に、そして、太平洋に洗われる断崖や砂浜にいくつもの漁港を持つ。現在、川崎近海汽船が2018年室蘭ー宮古間のフェリー室蘭航路就航を目指している。

 

プロヴィデンス号来航記念碑現在(2015)の室蘭港は、写真の様に、他の港と同じくセメントで護岸されているので、他の港との違いが分かりにくいが、地形そのものが港に適している。湾に流れ込む大きな河川がなく、また外洋に面していないので、土砂が堆積して大きな船の入港を妨げることもない。

室蘭湾の外は噴火湾である。室蘭湾は湾の中の湾であり、室蘭港は港の中の港と言えるかもしれない。

 

撮影:田辺和宏さん(2016.10.2)

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