1977年(昭和52年)8月7日午前9時12分に山頂から噴火。

その日は朝から良い天気でした。
家の中から見る玄関先は朝なのに眩しいくらい…
玄関先に出て空を見上げ室蘭にしては青すぎる夏空を覚えています。

噴火には全く気がつかず、家の中からみた外の風景が突如として暗くなって来たことに驚き外に出て空を見ると西から東に向かう暗い雲が長く進んでいく姿がありました。
その姿に驚き家の中に戻って家族に報告した時にトタン屋根からバラバラと大きな音が鳴ってさらに驚き「雹が降ってきたのか」玄関まで出ると灰色の小石が降ってきました。
小学校6年の私は意味がわからずただ呆然と立ち竦んでいると母親が「昭和新山が噴火したんでない?」と…

ニュースが流れるまで我が家では昭和新山が噴火したんだと思い込んでいました。

Takashi


桜井孝の兄ですが、東へ伸びていた雲は黒というよりネズミ色で噴火のせいか、蛇腹のような縞模様でした。前日は有珠山昭和新山の火祭りで花火大会があったのですが、今から思えば半日ずれていたら大変なことになっていたと思います。何故ならあの時の虻田町民は呑気に火山を眺めていました。その反省から火山に対しての対応が進み、次の噴火の全町民避難になりました。夕方洞爺へ向かって車で向かったのですが、白鳥台あたりで火山灰がひどくて引き返してきました。

桜井忠


あの日は本当にいい天気で、その時私は家の中にいたのですが、いきなり暗くなったかと思ったら、バラバラバラバラッとトタン屋根に何か打ち付ける音がして、外を見ると白っぽい物が降って来ていたので「霰降ってきた?」と言うと、東京から帰省していた兄に「この夏にバカじゃないのか?」と言われましたww
後から考えると噴火で飛んで来た軽石だったんですね
干してあった洗濯物を取り込もうと外に出ると、デッカい龍の腹の様な不気味な雲が長〜く伸びていました
後日高速道路を走ったら、札幌から室蘭へ向かう車線の標識は綺麗なのに、札幌へ向かう車線の標識は火山灰で見えなくなるほど汚れていました

余談ですが、東京へ帰らなければならないのに飛行機が取れていなかった兄は、この噴火のせいで帰れなくなったことにしていましたww

櫻井 さとみ