雲に誘われて

 

台風9号が降らせた雨を乾かすかのように室蘭は猛暑を取り戻している。久方ぶりに立ち寄った図書館を出たとたんに吹きだす汗。自販機を探しているうちに、八幡神社の近くまで来ていた。ふと空を見上げたら、大きな口をあけて笑っているような雲がぽっかりと浮かんでいた。海が急に見たくなった。今借りてきた「室蘭文学散歩」を助手席に。

 

絵鞆海岸

絵鞆といえば、プロビデンス号の来航、その際の事故で亡くなられたオルソンを葬った大黒島を思い浮べますが、有島武郎の代表作である「或る女」の主人公のモデルとなった女性が実は胆振国室蘭郡絵鞆村番外地(現在の小橋内)に戸籍を置いていた。この辺りを通ると縁の深いこの作品が気になりもします。

 

木々の呼吸

ブナなどと混成林をつくるトチの大木が並木道のように続きます。緑のトンネルを通っているようで心が洗われる思いがします。トチの木は太平洋岸ではこのあたりが北限です。初夏には花穂の立つ白い花を咲かせ、秋には栗のような実をつけます。実はトチ餅の原料です。

 

銀屏風(ハルカラモイ)

松浦武四郎が「東蝦夷日誌」で、「何魚に手も取に宜き湾の義なり」と記しているハルカラモイは、アイヌ民族の「食料を取る入江」という意味です。このあたりの断崖は、春には恵山ツツジが咲き、夏には桔梗が白い岩肌に彩を添えている美しいところです。(室蘭文学散歩より)

銀屏風は夕日を浴びることで銀色に輝き、アイヌ語で「チヌイェピラ」(彫刻のある崖)と名付けられている。100メートル近い高さの断崖は、彫刻を施した屏風を連ねられたように見える。陸地からは想像がつかない神秘性を持っているようだ。容易には見られない。まるで文学作品や人と重なる気がする。室蘭の自然はベールに包まれている。

 

ローソク岩

 

マスイチ浜

 

「噴火湾の この黎明の水明かり 室蘭通いの汽船には 二つの赤い灯がともり 東の天末は濁った孔雀石の縞 黒く立つものは樺の木と楊の木 駒ケ岳 駒ケ岳」『宮沢賢治噴火湾(ノクターン)』室蘭には滞在はないが、三度も室蘭に足跡を残した......。

 

野口雨情、曽野綾子、斉藤茂吉.....と多くの方が訪れたこの街。石川啄木の父と姉は、一時室蘭に住まわれたこともあるようだ。また、通過して「室蘭」を作品の一部に残した作家は多数に及び、志賀直哉の「日記」などもその一つとの事。想像していたよりも、文学との縁は深いようなのだ。

台風が去ったお祝いにとでもいうような雲の笑顔に誘われて束の間のドライブ。海岸道を下ってくると道端に咲いた花々にも目がとまる。文学との縁を思いながら今見てきた風景を思い浮かべてみる。これなのだと思った。どれもこれもが自然と隣り合わせだ。自然の強さに美しさが宿る。そして言葉が生まれる。

 

 

〔2016/8/23  菅原由美〕