刈田神社の社殿に絵馬が飾られてあった について知っていることをぜひ教えてください

 先日、刈田神社の大西昇宮司さんを尋ねて伺うと、本殿にある絵馬を見せてくれた。これは明治16年に四国から移住してきた方たちが自分の故郷の金比羅宮に開拓の様子を描いて寄贈したものの複製だそうだ。「北海道札幌県胆振国幌別郡開墾地略図」という見出しが付いています。右下には絵馬の製作に関わったであろうと思われる人々の名前が32名記入されています。名前の中にいまも市内におられる方は少ないと感じるのですが、一度調べてみる必要がありそうです。また出身地は右の木枠に「愛媛県讃岐国鵜足多度豊田郡珂三野  郡各村」よりと書かれています。製作日時は明治16年2月吉日となっています。

 絵馬を見ていると今はなかなか呼ばないような地名も書かれていて、今度、じっくり腰をすえて調べて見る必要がありそうです。しかし、この絵をすべて真実と考えないほうが良いと宮司からコメントをいただきました。それは「異郷の地に来て開拓の地幌別はこんなにも素敵なところだよと伝えたく、通常よりも良い場所となるような表現があると思う」とおっしゃっていました。なるほど、故郷に残した仲間には開拓の厳しさとは裏腹に大きな見栄をはってうらやましがられるくらいでありたいとプライドを働かせたのかと思われます。やせ我慢はつらいな~。でもそれが開拓のための厳しさを吹き飛ばすエネルギーにもなったのかもしれないとも感じた。