ボンズ山に登った伊能忠敬 について知っていることをぜひ教えてください

 結氷の鷲別川にかかる鷲別橋からみた上流の風景。正面に見える山は地元の人たちがボンズ山と呼ぶところです。歴史研究家から聞いた話ですが、ボンズ山は19世紀はじめ伊能忠敬が北海道の測量にやってきてここらあたりを通ったときに登ったという記録がある山だそうです。室蘭の本輪西に伊能橋という橋がありますがこれについては伊能忠敬はこの橋付近を通らなかったようです。通らない橋に伊能橋と名前がつくくらいですから、ボンズ山には「伊能山」と名づけてもおかしくはありませんよね?。かの歴史研究家は伊能山と名づけてもおかしくないと語ってくれています。この際、我々はこの山を「伊能山」通称ボンズ山とでも呼んだらいいかも。

 

平成30年1月26日

伊能忠敬が残した地図を探して、鷲別周辺を訪れた軌跡を公開記事から探してみました。

CC BY: (出典)「国土地理院所蔵伊能大図(米国)彩色図 番号29(室蘭)より部分掲載」
  https://kochizu.gsi.go.jp/items/322?from=category,14,index-table


伊能忠敬は、イタンキ岬から東町あたりまで海岸に沿って調査し、鷲別岬を陸路で回って鷲別に出ています。
鷲別から、海に沿って東に向かいトフシナイ川(アイヌ語地名記載だとトプシナイ川)の中間くらいで山に登っている軌跡があるので、距離的に考えてボンズ山に登ったと推定できます。

トプシナイ川は、アイヌ語では「竹・群生している。沢」の意味を持つ川となり、「室蘭・登別のアイヌ語地名」の巻末地図(幌別町旧地名図)によると、旧ワシベツライバ川の支流に当たる川です。現在の川だと、ボンズ山の東側を流れる上鷲別富岸川の支流に当たります。