栄町付近の昔の海岸線

 遠くにうっすらと見えるのは鷲別岬。砂浜がどこまでも続いていた素敵な海岸だった。写真は50年以上前のものです。親戚のおばさんが来て、浜で記念写真を撮りました。昔はこの砂浜にいわしやさばなどがよく上がりました。特にいわしは1年に1度か2度は大量に浜に打ち上げられたものです。波が引くといわしが何百匹もばたばたと砂の上で跳ねていました。波打ち際近くまで行くと足の間をいわしの大群が泳いでいました。

 鯨もあがったよ~

 この時代、鯨もよく砂浜に打ち上げられました。おそらく3~5mほどの小さな鯨だったと思います。子供心には大きいな~と感じたものですが。打ち上げられた鯨はまだ生きていることもあり、近所の人たちがブルドーザーを持った人に声をかけてロープで引っ張ったりしましたが重くて到底動くものではありません。私たちも鯨をかわいそうに思い波打ち際から海水を汲んで鯨にかけてあげたような記憶があります。また、近所のどこかの叔父さんに促されて鯨の背中に何人かでまたぎ、写真を撮影してもらいました。この写真を写した人この写真譲ってください~。

 みんなで砂浜で野球をよくやりました

 砂浜でみんなで野球をよくやりました。子供でしたがホームランが出ないと海まで玉は飛びません。玉が飛んで海の浪の向こうへ飛んだとしても、辛抱強く待つと玉は必ず波打ち際に戻ってきました。

 

子供のころの海岸線 遠くにかすかに鷲別岬が見える

 

現在の栄町付近の海岸線

 テトラポットの付近からすでに波打ち際で砂浜はなくなりました、残念です。

 いつごろからこの栄町~鷲別界隈の海岸線が無くなったのか、昔の写真を探してみました。

 44年くらい前の自宅の裏で撮影した海岸線の写真

 私が小学生のころはテトラポッドも無く、砂浜だけの海岸が続いていました現在のトライアル(2016年現在)付近は家も無く砂浜で、浜茄子やすずらんが群生していました。もちろん砂浜にはごみもありませんでした。その後、テトラポッドが置かれましたが、海の波がどんどん砂を浸食していくので住宅の近くまで波が来てしまう可能性が高くなりだしたころ、突然シートパイルが浜を覆いました。

 

 ここは現在の昭和コンクリート登別工場付近です。昔は室蘭ブロックという会社がコンクリート製品を作っていました。

 

  工事現場付近にこっそり入ってカメラだけをだして現場を撮影

 

 シートパイルを打ち込んでからはかなり深くまで掘りこんだので海水が湧き出てきて、ポンプで排水しています。工事現場の休日にはこの一番深いところまでもぐりこんで眺めたものです。

 その後、堤防が完成して、大きな波が発生しても怖くなくなりましたが砂浜はどんどん消えていきました。