菅原石材彫刻師さんのこと について知っていることをぜひ教えてください

 本日、北の博物館の若木さんに登別石の石工さんの子孫を紹介していただいた。菅原さんと言う方だ。その方の御尊父様は「菅原石材彫刻師」という名前で登別軟石を加工して生計を立てていたという。「登別石にまつわることを聞きたい」と伝えたら「私の話が役に立つかどうか」と言われたが「昔話で結構です」と言うとおもむろに家の奥から風呂敷包みを持ち出してきて、見せてくれた。その包みの中には菅原彫刻師さんがやった仕事のスケッチや設計図だった。年代は大正時代から昭和初期の記録が見えた。

 製作した作品はお墓の墓石が多いのだが、何かのアーチや仏像もたくさん書かれていることが分かり質問すると虎杖浜の青峰山観音寺に菅原彫刻師の作られた仏像がたくさんあるということが分かった。

 私が「このような古い書類をよく今まで保存していましたね」と伝えると一度、だれかに2冊の資料を盗まれたそうだ。その後、病院でとある知人に会った時「実は私が盗んだ」と告白されたそうだ。その後、1冊だけ返却してくれてからその知人はなくなったらしい。この泥棒話には驚いたそうだが、この知人が貴重な資料を盗まなければ資料は現在残らない運命であったそうだ。書類が盗まれている間に菅原さんの家が火事で焼けてしまったそうだ。自宅にあったら火事で燃えていたと言うことになる。実にタイミングの良いあっぱれな盗みではなかろうか。