菅原石材彫刻師さんの聞き取り調査 について知っていることをぜひ教えてください

 登別軟石の石工で大正から昭和初期に活躍した菅原石材彫刻師さんのお孫さんにお会いし、お話を伺うことができた。石工のおじいさんは菅原長一郎さんという方で、仏像や墓石、馬頭観音、建築における軟石の設計施工を行っていたらしい。

 大正初期からのプランニングはきちんとトレース紙に清書して残されていていた。かなりの量があったと思うが残ったのは第3集の一部だけだという。図を見ると、おそらく鉛筆で書いた後、ペンなどで清書したのだろう。手書きの図面の表情を見ているだけでこれを書いた菅原長一郎氏は繊細で豊な感性をもっていいただろうことが感じられる。うれしい出会いだ。

 登別軟石のプランニング図面を見ると、登別だけでなく、追分や早来、白老など様々なところへ行って仕事をされたことが記録されている。これらの資料は時間をかけて調べさせてもらおうと思う。

 資料の中に早来郵便局の設計図面が出てきた。早来郵便局では昔、登別軟石が使われたのだろう。現在もその一部がどこかに残っていないか一度調べたいと思う。

 ところで、二宮金次郎さんの登別軟石の像を登別小学校へ寄贈したと聞いているそうだ。もしかして、登別温泉小学校跡の二宮さんの軟石像も菅原さんではないかと想像がめぐらされた。