古稀庵(こきあん)は、板橋にある、かつて山県有朋の別荘だった邸宅の跡地。
沿革
山県は、古稀庵を建設する前に既に、東京の本邸と椿山荘、京都の無隣庵など、有名な庭園を所有していた(1)。
1906年(明治39)から大窪村板橋で別荘を建設していた益田孝から屋敷を譲られ、1907年(明治40)9月に別荘建設に着工(1)(2)。山県有朋が70歳(古希)のときに着工したことから、「古稀庵」と名付けられた(1)。
1万坪(3.3ha)ほどの敷地に庭園が築かれ、風祭の貯水池(山県水源地)から荻窪用水を1.8kmの専用水道で導いて、利用した(1)。
山県は、1910年(明治43)から古稀庵で暮らし、1922年(大正11)2月に同所で没した(1)。この間に、いわゆる「小田原詣で」を受け、西園寺公望や大隈重信とも面会した(1)。
開園日時
2020年(令和2)6月7日以降、毎週日曜日の10:00-16:00に庭園が開放されている(3)。入園料は100円/人(3)。
リンク
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著者不明「古稀庵」小田原城街歩きガイド、2011年12月1日更新
参考資料
- 内田清「古稀庵の山県有朋と掃雲台の益田孝」播摩晃一ほか編『図説 小田原・足柄の歴史 下巻』郷土出版社、1994、34-35頁
- 「年表」同書148-151頁
- 市経済部観光課「小田原古稀庵」市公式ウェブサイト、2022年10月11日更新。