泉蔵院泉蔵院(せんぞういん)、照昌山大願寺は、下大井にある東寺真言宗寺院。本尊は薬師如来。寺伝によると、天暦年間(947-956)に地元の女性・玄妙によって建立された薬師堂を前身とし、応安の初め(1368)頃に寺院となった。江戸時代には大井町金子の最明寺の末寺だった。(1)

縁起

寺伝によると、天慶の頃(938-946)、当地に豊田左近之丞という隠士がいて、天暦3年(949)2月12日に死去した(法名:一誉覚心)。その妻は剃髪して玄妙と名乗り、亡き夫のために仏堂を建立しようと考えて、籾すくも(殻)・麦すくもを乞い、各地を勧化して廻った。その結果、ついに志を果して、薬師をまつる辻堂を建立した。このことから、この辻堂のことを「すくも堂」と呼んだ。(1)

応安の初め(1368頃)に、僧・鎮栄(応安4年・1371没)が再興して寺院としたことから、これを開山としている(1)

その後、18世紀後半に僧・弁明(享和元年・1801没)が中興した(1)

什物

本尊・薬師如来坐像

『風土記稿』によると、本尊の薬師如来像は像高2尺7寸(約82cm)で、行基の作とされていた(1)

泉蔵院の本尊である薬師如来坐像は、2013年(平成25)に、市内に数少ない平安時代(末期)の仏像で、中央風の作風の仏像の伝播が始まった時期の画期となる作品として、小田原市の文化財に指定されている(2.1)

十一面観音立像

泉蔵院の十一面観音立像は、藤原時代(末期)の地方仏師が制作した仏像の中で、原型をよく保っているものとして、1970(昭和45)に小田原市の文化財に指定されている(2.2)

鰐口

鰐口は正保4年(1647)の鋳造だった(1)

立入禁止

一時的な現象かも知れないが、編者が2回調査した限りで泉蔵院の境内の門戸は閉められており、境内に入ることができていない。隣地に公園があるが、そちらにも門扉が設置されており、鍵はかかっていなかったが、閉めてあった。(2019年調査、2022年調査)

寺紋

寺紋は東寺雲・「変わり稲の丸に雀」(2019年調査)

リンク

参考資料

  1. 風土記稿
  2. 小田原市文化部文化財課、小田原市公式サイト、最終更新:2013年5月31日
    1. 彫刻・泉蔵院の薬師如来坐像
    2. 彫刻・泉蔵院の十一面観音像