神山神社(こうやまじんじゃ)は、久野にある神社(2)。2021年1月1日現在、神社本庁傘下の被包括宗教法人(2)

沿革

風土記稿』のとき、久野村には、吉田家配下の神主・窪倉出雲守が管理する神山権現社(こうやまごんげんやしろ)があり、久野・池上(扇町)・荻窪の3村の惣鎮守とされていた(6)

神体

『風土記稿』のとき、久野村の神山権現社の祭神は、伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)・大日孁(おおひるめ、天照大神)の3座で、それぞれ幣束が安置されていた(6)

また「奥院」と称して、仏身を鋳した円径4寸2分(約12.7cm)の鉄の鏡面と、本地正観音文殊菩薩弥勒菩薩が安置されていた(6)

勧請の年代は伝えられていなかったが(6)、『風土記稿』によると、

  • 郡中(足柄上郡大井庄)神山村(松田町神山)の飯盛山の山上に「飯盛松」という巨松が1本あって、伊弉諾・伊弉冉・大日孁の3神を祀った社の旧地と伝えられており、神山村の村名の由来にもなっていたので、同所が久野村の神山権現社の旧地(7)(2014年現在も松田町神山640に神山神社がある。松田町公式ホームページ
  • 町田村(寿町)の願成寺の大永3年(1523)の勧進帳に、早川庄勝沢鎮守神山大権現云々、と見え、勝沢(川)は久野村の字(地名)のため、大永の頃には既に久野村に移っていた(8)

と考えられる(6)

境内

神輿殿

『風土記稿』のとき、久野村の神山権現社の境内には神輿殿があった(6)

2016年3月2日に、不審火により神輿小屋と中に保管してあった神輿が焼失。神社総代や自治会長らが神輿再建委員会を設立して各自治会に寄付を呼び掛け、1,189人の賛同を得た。神輿の修復は茅ヶ崎の神輿康に依頼し、2018年6月に神輿小屋・神楽殿が再建された。(5)

末社

『風土記稿』のとき、久野村の神山権現社の末社には、第六天社天王社稲荷社神明社道祖神があった(6)

イチョウの木

市文化部文化財課によると、境内のイチョウの木は目通り幹囲が4mを超える巨木(1)

土砂災害特別警戒区域

神山神社の境内を含む久野52-1,52-2の区域(206-H26-052 久野52-1,52-2)は、神奈川県の土砂災害特別警戒区域(急傾斜)に指定されている(2021年3月19日 告示第150号)(4)

年中行事

『風土記稿』のとき、久野村の神山権現社の例祭は旧暦3月・9月の9日だった(6)。重陽節(旧暦9月9日)には神輿巡行が行われ、また花家台(はなやたい)が出されていた(6)

『風土記稿』は、三浦浄心北条五代記』に、福島伊賀守が異様な出立で久野の神事を見物したと見えるのは、この神山権現社の祭礼のことと推測している(6)

一年(或る年)、小田原久野の入に。神祭かみまつりあり。諸侍しょさぶらひ見物せり。伊賀守も是を見物せんと。牛の角に銀ぱくを。ゝし、あかねの大ぶさしりがい。あかねの絆綱はづなを付。をのれは。草苅の体ていにて。腰に鎌をさし。牛に乗、うしろむきて。尺八をふき。女に、くれなゐの。そめかたびら染帷子。さきのとがりたる桔梗笠をきせて。牛をひかせ。力者りきしゃ一人に。長刀なぎなたをかづかせ。あとにつれ。祭見物せしを。皆人、けうがる興有るふるまひ振舞とて。時に至て、笑しか共。悪難あくなんをいふ者なし、

『北条五代記』寛永版 巻2(4)「福島伊賀守、河鱸を捕手柄の事」柳沢昌紀(翻刻)『仮名草子集成 第62巻』東京堂出版、2019、116-117頁。()内は編注。原文のルビを一部省略し、『風土記稿』により漢字表記を補記した。

月日 祭礼名
1/1 歳旦祭
3月第1日曜日 慰霊祭
10/9 例祭
10/10 神幸祭
11月上旬日曜日 七五三
毎月9日 月次祭

資料:神奈川県神社庁(3)

リンク

参考資料

  1. 小田原市文化部文化財課「天然記念物・勝福寺の大イチョウ 1樹」小田原市公式サイト、2022年9月27日
  2. 神奈川県ホーム > 教育・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 宗教法人 > 宗教法人について > 神奈川県知事所轄の宗教法人 > 宗教法人名簿(令和3年1月1日現在) > その他1 宗教法人名簿(PDF:708KB)
  3. 神奈川県神社庁ウェブサイト>神社詳細>神山神社、更新時期不明、2023年2月10日閲覧
  4. 神奈川県土砂災害情報ポータル 区域図
  5. 神山神社 神輿・神楽殿新たに 焼失乗り越え地域に披露」タウンニュース 小田原・箱根・湯河原・真鶴版、2018年10月13日
  6. 『風土記稿』
  7. 『風土記稿』15 足柄上郡 4 大井庄 神山村
  8. 『風土記稿』33 足柄下郡 12 早川庄 町田村 願成寺

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