辻村 常助(つじむら つねすけ、1881年 - 1959年)は、小田原の辻村総本家の6代目当主。明治の中後期から大正期に、辻村農園を経営した。

経歴

1881年(明治14)7月23日に同家5代目の父・甚八(真助)と母・ウタ(歌子)の長男として生まれる(1:18)(2)(3)

松浦1994:17,18頁によると、1893年(明治26)7月、11歳のときに父・甚八が死去して小田原の辻村総本家の6代目当主となり、当初は母・歌子が後見した(1:17,18)。『人事興信録』は、1890年(明治23)12月に家督を相続した、としている(2)

東京の私立・開成中学校を卒業(1:18-19)。家業を継ぐため小田原に戻り、山林業を営みながら、辻村農園の本格的な経営に取り組んだ(1:19,41)

大正初期(大正元・1912)に(小田原町に?)の苗木を寄付し、のちの保勝会お堀端に植樹した(1:45)

1915年(大正4)当時、小田原銀行の取締役(2.1)

1918年(大正7)当時、辻村農園々主(2.2)

1959年(昭和34)1月27日に死去(1:17)(3)。法号:大智庵心月常照居士(1:17)(3)。墓は浜町宝安寺辻村家累代の墓地にある(1:9,16)(3)

家族

辻村伊助は弟(1:18)

参考資料

  1. 松浦1994:松浦正郎「小田原が生んだ 辻村伊助と辻村農園」箱根博物会、1994
  2. 人事興信所 編著・出版『人事興信録』
    1. 辻村常助」『―― 4版』1915・大正4、つ31頁
    2. 辻村常助」『―― 5版』1918・大正7、つ43頁
  3. 小田原市郷土文化館「25 辻村甚八墓」「26 辻村美都子墓」『小田原の金石文 (2)』小田原市郷土文化館研究誌No.4、1968、18-19頁

Pages tagged “辻村常助”

Add new "辻村常助"