願成寺願成寺(がんじょうじ)、大雄山海蔵院は、寿町3丁目にある曹洞宗の寺院。本尊は釈迦如来。応永3年(1396)に鎌倉管領・左兵衛督・足利氏満(諡号:永安寺、応永5年(1398)11月4日没)により創建されたという。開山は心印(応永15年・1408没)。江戸時代には中町の福厳寺の末寺だった。(1)
沿革
第3世の徹岩宗映(享禄2年・1529没)が大永3年(1523)に寄附を募って再興した。そのときの勧進状が所蔵されていた。その文面:
南閻浮大日本扶桑国、相州西郡早川庄町田村願成寺再造、同本尊釈迦三尊彩色勧進之状、勧進釈沙門妙久、相州西郡鞠子河足子河之中間有寺、号大雄山願成寺、大檀越永安寺殿従三位源朝臣左兵衛督(足利氏満)、応永三年(1396)建立御祈願所也、
夫大雄山者、天竺阿育大雄向空中投七宝塔、早川庄勝沢有之、故為大雄山、開山前住寿福心印和尚、浄智第2世大同和尚小師也、師檀道合盛哉、鎮守神山大権現、開山塔海蔵院、山門境致、前滄海漫々、後大山峨々、今井一色小田原風景在目下矣、
然所関東一乱人境変化只名而已、故奉勧十方檀那助成、伏願出家仕家善男善女等、若一銭若二銭乃至十銭、随家豊倹、不可論多少、至五穀亦然乎、何等物不可布施耶、以貴賎上下信力、寺家殿宇再造、釈迦三尊彩色修補、於願成就者、助成輩現世福聚無量、来世得作仏有何疑乎、勧進之状如件、 大永三年(1523)卯月吉日、沙門徹岩謹書、[落款](1) |
※原注:鞠子河は酒勾川、足子河は久野川(山王川、芦子川)、勝沢は久野村に属し、同村に勝沢川がある。神山権現も久野村にある。
境内
寺紋
寺紋は確認できず。(2019年調査)
リンク
- facebook 大雄山願成寺
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日本洋楽研究員、レッツゴー!元日本洋楽研究会
- 「エレキ住職の歴史書」2020年7月17日
- 「小田原の「願成寺」にはエレキ住職がいる」、2020年6月24日
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Thanks for your Courage「小田原市 願成寺 命の鐘2020.6.24」YouTube、2020年6月25日
- 紋谷幹男「第1743回 願成寺(がんじょうじ)曹洞宗/神奈川県小田原市寿町」お宮、お寺を散歩しよう、2015年9月19日
- 「小田原市寿町 林佐太郎の石橋」小田原の端々、2011年3月14日
参考資料
- 『風土記稿』