鬼柳堰(おにやなぎぜき)は、『風土記稿』の頃、足柄上郡(大井町)西大井で酒匂川から堰分かれ、下大井から足柄下郡の西大友に入り、字亥ノ駒で東西に分流していた用水(1)。東の分流(幅2間・約3.6m)は、かっぱ堰(かっぱぜき)といい、延清、成田を流れて、飯泉でまた分流し、1方は鴨宮から中新田へ流れて酒匂川に合流し、もう1方は上新田で酒匂川に合流していた(1)(2)。西の分流(幅9尺・約2.7mないし1丈・約3m)は、中堀堰(なかほりぜき)といい、桑原との境を流れて成田へ入り、飯泉で黒壗堰に合流していた(1)(2)。
2000年現在は、大井町のわかもと製薬大井工場の西側で酒匂堰から分水し、鬼柳・延清・桑原を経て、成田で中堀堰・正覚寺堰、飯泉で段河原堰に分かれ、鴨宮、下新田へ流れている(3)。途中で一部は下菊川に合流している(3)。東海道線より南では、富士見小学校の西側、南鴨宮の富士見公園の先まで暗渠で、それより南で県道719号線を西へ横断し、南下して下菊川と平行して流れ、相模湾に注いでいる(3)。県道719号線を横断する橋に「鬼柳橋」の名がある(3)。
参考資料
- 『風土記稿』巻3 山川 鬼柳堰
- 『風土記稿』巻22 足柄下郡 1 図説 鬼柳堰
- さんわ会25周年記念誌編集委員会『下府中地域 我が町の今と昔』さんわ会、2000、49頁
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