林芙美子昭和10年空から見た札幌 について知っていることをぜひ教えてください

昭和10年、飛行機から見た札幌

「樽前山から札幌まで十五分。ーあれあれと云う間に、目の痛いような藍色をしていた支笏湖が、最早想い出の彼方へ遠く去ってしまった。私の眼の下には月寒や豊平がドイツの田舎のように見える。並木のポプラも楡もまるで葉っぱのようによく繁っていた。青森をたって滞空時間約一時間で札幌だ。札幌は去年の初夏遊んだところで非常になつかしい。広くて樹の多い街だと思っていたら、空からの札幌は碁盤の上へカルタを置いたように整然としていて、樹もあんまり見えない。街を旋廻すると停車場が見える」(林芙美子「飛行機の旅」より)

 

二つの世界大戦を生きた作家、林芙美子

林芙美子は、故森光子の主演で通算2017回に及ぶロングランの舞台化が実現するほど人気となった「放浪記」の作者であり、「放浪記」は、第一次世界大戦後の東京で飢えと絶望感に苦しみながらも、明るくしたたかに生きた本人の実話でもある。「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない…したがって旅が古里であった」という作品の語りだしには林芙美子の人生そのものが詠われているのだろう。旅が古里であった彼女にとって札幌は、楽しい想い出の地であり、なつかしさを感じた場所。心の古里であったのだと思う。(wikipedia放浪記と木原直彦著北海道文学ドライブを参考)

昭和10年は、西暦で言うと1935年。第二次世界大戦の勃発の4年前となるが、この年代に飛行機から見えた札幌の様子を作家がしたためたものは他にはないそうである。彼女は、48年という短い生涯の中で、2度に及ぶ世界大戦の経験者である。苦しい時代の中にあって、束の間の札幌が、温かい場所であってくれたことを嬉しく思う。

「2017/11/2 環」