僕は螺旋階段を上り詰めた狭い玄関の外で僕は靴の紐を解いていた。

 立ったまま片足を上げていると後ろから青年が登ってきた。僕は急いで、靴を脱ぎ、狭いところを「帰りたくない女の子」を跨いで中に入る。この家は、かつて 牧師さんがお住まいになっていた牧師館だった。幼稚園とは教会を挟んで反対側。教会の玄関の横に螺旋階段があって、二階にあがると入り口。丁寧に使い込ん だ決して広くない2DKを引き継いでいる。よく磨かれた台所でおやつを作っている。

 

泣き止んだとたんに饒舌になる子とカゲっち  階段を登ってきた青年は北海道大学の院生さん。シャツの胸に斜めの汗の跡。「月寒中央」駅から鞄を斜めにかけて急いで歩いて来たようだ。靴を脱ぐなり、ガムテープに「カゲ」と名前を書いて、ちぎって胸に貼る。僕も真似して「すぎやま」と書いて貼った。カゲっちは学術調査に訪れたあと、ボランティアスタッフとして毎 週通っているという。彼は政府や自治体の政策が打たれたあと、子育ての現場で何がおこっているのかを調べている。特に政策によって出来た場を、お母さん達が広げて行くネットワークを見いだして、丁寧に追いかけているようだ。この研究をつづけていると政策意図を越えて素晴らしい成果が見つかるという。

 

 彼の後を登ってきたのは中国瀋陽からの留学生さん。カゲっちについて、やってきた。
 彼女はあっという間にとけこんで、絵本の読み聞かせが得意な年配の女性と話している。この年配の女性は息子の札幌定住に会わせて中部日本から札幌に移住するほど、札幌を気に入っているのだそうだ。「ほら、家にずっと居てもね。息子やお嫁さんに気を使わせるし、なんか小さいこの役に立つとね、っていうより、自分のためね。そうよ、孫でもできたら、こうやって一緒に遊びにこられる場所もできるしね。お知り合いがいっぱいできたわ」。

 信用からいらした若き研究者は「中国では祖父母の子育てへの関 わりが強いのですが、日本の都市はそれが弱いですね。コミュニティの繋がりが薄くなったと言われています。でも、札幌のこのような取り組みは、新しく社会を繋ぐ、素晴らしいもの」という。どうも、社会科学の聞き取り調査は、調査対象になる人たちにとっては、自分の話したいことを随分丁寧に訊いてくれることになる。ここの活動に参加することが自分にとってとても重要なものになっていることに、みんな気付いて行くようすがみえる。

 研究者たちも、感動と研究の両方を体験しているようだ。国や自治体の政策意図を越えた取り組みにそのまま参加し続ける。いや、もともと、地域で産まれた活動が公共を担っていた訳で、札幌市はそれを見いだして、子育て支援の活動に位置づけたのだから、この地域での馴染みは抜群。本来、政策はこんな風に街で産まれて行くものだと分かっている札幌市がある。

 

 カゲっちは、泣き虫の男の子が泣き止むタイミングがくるまで横でつき合う。冷たいお茶を飲んで元気になった少年は身振り手振りでカゲっちに話し始めた。彼は、年嵩の子たちには、勉強を教える家庭教師にもなる。研究者であり、活動の主体者にもなってしまっているようだ。

 

 

  カゲっちと話していたら膝に何かがしがみつく。たくみ君だ。3歳だろうか。

 

逆さま好き?

 

逆さま好き!

 

じゃ、逆さましよっか。

 

 

抱きかかえて逆さにすると大喜び。すぐに3〜4歳の子たちが僕の前に並び、逆さま大会。子どもの髪の毛の日向のような匂いがする。

 

 



なかなか泣き止まない少年の横で、泣き止むきっかけを待つカゲっち