佐々さるくの後援会前の勉強会に参加してみました。
真剣な討論に圧倒されつつ、佐々の歴史を守り伝えるため、真剣に活動されている方々を紹介したいと思い、記事をかかせていただきました。
講演会 2016年10月2日(日)14:00~ 文化会館 佐々歴史講演会「佐々にも城があった」
2016年9月17日(土) 西町公民館で行われた”さるく会”の打ち合わせに参加してきました。
佐々さるく会の詳細はリンクから。
18時から始まった打ち合わせ内容は、『歴史講演会”佐々にも城があった”』のリハーサル兼準備勉強会。
佐々歴史の生き字引と言われる朏さん(みかづき)を始め、当日のスピーカーである垣田さん、さるくの多くのメンバーが集まって、熱い討論が行われていました。
垣田さんの本職はデザイナー。ご自身の歴史知識と画像の編集技術を生かして、佐々にあったとされる山城、鳥屋城や東光寺山城を画像にて再現し、佐々の歴史をわかりやすく伝えてくれます。また佐々ではおなじみの伝育坊のイラストをデザインした方です。
一段前に座られている方が、佐々の生き字引と言われる「朏(みかづき)さん」。ご自身の知識を惜しみなく教えていただけるだけでなく、確かな知識から興味深い推察をお伺いできます。ただの歴史授業ではなく、聞いている人を惹きつけるようにかみ砕きながら丁寧に教えていただけます!
「佐々に城があった」
佐々は、平戸松浦家と宗家松浦家との戦場として争われた土地です。川を挟み、古川岳側には鳥屋城。反対側には東光寺山寺が。
講演会では、干拓の歴史や合戦の歴史をわかりやすく紐解くため、当時を再現した写真やイラストを使用して、誰でもわかりやすく佐々の歴史の世界に引き込まれます。
特に佐々川の形状が干拓によって変わっていく様子を表した写真。
それぞれの山寺の縄張り図を元にした独自の推察。
佐々氏が初めて歴史に登場することを証明する一揆契諾状。
スライドが一枚進む度に、色々な角度からの質問が飛び、丁寧な検討が進められています。
歴史をひも解くことで現在の佐々を解明する。