田辺祭における流鏑馬は、慶長12(1607)年に、町から三頭の馬を出したことを始まりとする行事です。

以前の馬場(鳥居前を横切っている砂地の道)は現在よりも長く、流鏑馬によって馬場を清めた後、競い馬が行われていたそうです。

しかし、残念ながら競い馬の方は昭和39年を最後に絶えてしまいました。

また、流鏑馬も時代の移り変わりとともに形を変えてはいますが、現在もその数は三頭と変わらずです。

ちなみに、この流鏑馬において放たれる矢には災いを打ち破る「破魔」の力があるとされており、さらに的に当たった矢は「当たり矢」とも呼ばれ、さまざまな願い事がかなうとの信仰が伝承しています。