〇闘鶏神社(とうけいじんじゃ)
祭 神:(主祭神)伊邪那美命
(配祀神)事解之男命、速玉之男命、天照皇大神、伊邪那岐命、宇賀御魂命、天乃忍穂耳命、邇々杵命、火々出見命、鵜草葺不合命、火産霊命、埴山比売命、弥都波能売命、稚産霊命、手力男命、八百萬神
境内社:藤巖神社、玉置神社、弁天神社、戎大黒神社、弁慶社
境外社・飛地社:稲荷神社、八阪神社、浦安神社、恵美須神社、若宮神社
例祭日:宵宮(7月24日)、本祭(7月25日)
主たる建造物:本殿(向造檜皮葺 9.8㎡)、上殿(向造檜皮葺)、中殿(流造)、下殿(流造)、西殿(堂造)、八百万殿(向造)、拝殿(入母屋造 50.5㎡)、社務所・神社会館(800㎡)、手水舎(11.5㎡)
境内地:37,086㎡
由来
社伝によると424年9月、熊野坐神社より勧請したという。
又、白河法皇の頃、熊野路に強盗多く行幸を悩ますため、熊野三所権現をこの地に勧請し、三山参詣に替えたという伝承がある。
平家物語や源平盛衰記によると、元暦元(1184)年源平合戦の時、熊野水軍が紅白の鶏合せにより源氏に味方をした故事により、合権現の呼称が生れ、明治維新まで新熊野合権現と称し、後、鬪鶏神社と改称された。
明治4年郷社(田辺県)、同6年村社(和歌山県)、同14年県社に昇格。
昭和46年7月、別表神社となる。
例祭
田辺祭(県無形文化財)は紀州三大祭りの一つで、当地方最大の祭である。
300灯の提灯の明りのもとにくりひろげられる笠鉾の神前勤めは、夜祭りの華である。
神山
本殿裏の神山を仮庵山(かりおやま)といい、古代祭祀跡指定地。
仮庵山は、うっそうとした自然林で、巨大な楠が大きく枝を広げていたというが、明治の頃にその森の楠の一部が伐採された時、これ以上の伐採を中止させようと南方熊楠氏は、関係者を厳しく批判し抗議している。
南方熊楠氏は植物・民俗学者で、白然保護を世にうったえ、神社合祀政策に反対運動を行った。
(神木)
境内には社伝によると樹齢1,200年の大楠(市天然記念物)があり、延命長寿・無病息災の信仰があり、又、楠の葉を歯痛の患部につけ念ずると平癒するという、歯病治癒の信仰がある。
境内地には楠の大木も多く、樹齢800年の大楠(市天然記念物)がある。
〇南方熊楠と闘鶏神社
熊楠の妻は闘鶏神社宮司であった田村宗造の4女松枝でした。
今は立ち入ることができませんが、熊楠は本殿裏の仮庵山で採集をしており、クラガリ山と呼んでいます。