「いや、旨いねえ、これ」

「はい、私も最初食べた時、脂が甘くてびっくりしたんです」

東京駅の八重洲口にある大丸の12階に「まい泉」があって、そこにかつて富里市にあった末廣農場の伝統を引き継ぐ堀江ファームのとんかつがある。「甘い誘惑」という名前。数量を限定した甘みの強い脂を持った豚は、大正時代に岩崎久彌が導入した中ヨークシャー種だそうだ。

 

昭和30年代以前の生まれ、50歳以上の人が子どもの頃はじめて食べた豚はきっと、この中ヨークシャー種だという。自分が豚肉を大好きになったのは、まさにこの豚のおかげだったのか。鼻が潰れた「豚」という愛嬌のある顔。「旦那様(久彌)は、卵や豚肉で、日本人に動物性のタンパク質を提供できる農牧の伝統を作りたいと未来をご覧になっていたんだと思います」。

この貴重なヨークシャーの遺伝子を維持して、旨い豚を作り続けている堀江さん。「戦後のね、本当に食べ物のないときにね、末廣の豚のハムを缶詰でもらった恩は忘れられない。うまかったなあ」とお父様が働いていらした末廣農場の豚の味を引き継がれる唯一の養豚家だ。「豚の遺伝子はイギリスにいいのが集中しているんです」。遺伝病をなくすために、本家イギリスから中ヨーックシャーの種牡を定期的に導入するという。

「ドイツやデンマークの豚も旨いですね。もともと欧州で作られた家畜だから、麦と相性がいいんですよ。まい泉の社長が素晴らしい人で、餌にカツサンドのみみを戻してもらうようになってからね、パンは小麦でしょ、また味が上がっているんですよ」。本来の有畜農は、無駄のないサイクルを作ることが大事なんだと。雑食の豚をうまく使って「食べ物を絶対に捨てない世の中を作りたい」という。

末廣農場で撮影された中ヨークシャー 所蔵:故 橘 田鶴子氏   同左

堀江ファームの中ヨークシャー  撮影:小瀬木祐二  

 

確かに甘い。白ワインを合わせたいとツレがいう。

ロースにはロースの味わい。メンチの脂の回り方はかなりの出来だ。

誰か言ってた。旨いと甘いはもともと同じ言葉だって。堀江さんに伺うと「うちの豚の脂の融点は人間の体温よりも引くので、残らないですよ。脂で太るっていうことはないと思います」旨いというか、甘いというかまさに「甘い誘惑」だった。肉が偏になときは月とかくのだそうで、脂はまさに肉が旨いということなのか。

 

豚汁があわせられている。白味噌にバラ肉。ゴボウとニンジンの香り、ほうれん草の緑も嬉しかった。もちろん、まい泉名物の炊き立てご飯とキャベツの千切りは食べ放題。最後に夏みかんのシャーベットはいけた。僕らの隣はタイのお金持ちの家族。もう片方がシンガポールの女性たち。みんな日本の「とんかつ」が大好きなんだそうだ。それが、富里の末廣農場の久彌の中ヨークシャーの飼育からはじまったんだよって話はしなかったけど。

 

堀江ファーム