早稲田大学校歌のトリビア (10)「大島国の大なる使命」の意味 について知っていることをぜひ教えてください

facebook稲門クラブの鈴木克己さんの2021/08/29の投稿を許可をいただいて転載させていただきます。(転載する場合ご連絡ください。)


1番と3番の歌詞は、「あしこ」のように文語として少し分かりづらいところもありますが、総じて言葉や用語の意味がダイレクトに書かれていて、特に背景まで深く立ち入らなくても大意は通じます。

反対に、現役生あたりに内容や趣旨を説明してごらんと問いかけておそらくしどろもどろになるのが、2番の歌詞でしょう。

地理的に世界の東西、歴史的に今昔、ありとあらゆる文化の潮流が日本には渦巻いている…そうした大いなる島国である日本には重大かつ重要な使命があって、私たち早稲田の人間はそれを担なっており、その目指す先は果てなく終わりがない。

さて、その「大なる使命」とは具体的に何なのか。歌っている人間それぞれの思想や価値観に基づいて自由に策定していいではないかといったご意見もあろうかとは思いますが、中には「だいとうこく」を「大東…」と聞き間違えて、明治の頃には存在しなかった「東亜の盟主」「大東亜共栄圏」「八紘一宇」「大東亜戦争」といった軍国日本のイデオロギーを引っ張り出すそそっかしい輩も出かねません。聞いた話では、学生運動が盛んだった頃の早稲田では、左翼系の学生が校歌を歌うときは反動的だからと2番を飛ばすこともあったようです。

学校が配る冊子に、校歌に盛り込まれた個々の表現とその背景・典拠についてしっかりと解説しておけば誤解されることもないはずなんですが、2番の前半の歌詞というのは、時の政府の唱道する国策を鵜呑みにするのが日本(人)の使命だなどという私学の役割やあり方に背を向け踏み外すような内容が書かれているわけでは決してありません。

日露戦争が終結した明治の終わり頃から晩年まで大隈重信侯が講演や談話などでしばしば言及した表現に「東西文明の調和」というのがあります。大雑把にまとめると、エジプト、メソポタミア、インド、中国に代表される太古の文明は東西二つの方向へとその伝播の道を歩むに至った。すなわち、西に向かった流れはギリシア・ローマを経て中世・ルネッサンスのヨーロッパで開花し、産業革命以降はさらに大西洋を渡って合衆国に達し、更には江戸後期の日本に姿を現した。他方、オリエントに起源をもつ文明はインド・中国などアジアの様々なルートをたどり、仏教や儒教などの主要な思想を伴いながら歴代の日本に大きな影響を与えた。

この二つの潮流は相容れぬ価値観をはらみつつ、幕末から明治の日本において深刻な対立や相克を引き起こしたが、日本は多大な犠牲を払いながらも総体的にはその矛盾の解決、克服に努め、近代国家への変貌を遂げることができた。

現在、帝国主義と反植民地闘争のように、世界の各地で見られる紛争の多くは、この東西文明の対立が根底にある。かつてそれらを経験し、解決することができた日本は、さような事態に公平無比な仲裁者として助言し、紛争の収拾に役立つ「調和」へのノウハウを持っているのであるから、よろしくその役割を果たして世界平和の構築・追求に励むことこそわが国の「使命」である――というのが老境を迎えた大隈さんの主張でした。

没後、残された原稿を整理・編集して出版されたのが「東西文明之調和」(1922年)です。「大隈重信(上)(下)」(中公新書)の中で伊藤之雄・京都大学名誉教授は「大隈は日本の有力政治家の中で最も早く「平和論」を唱道した一人であるといえる」と評しています。

相馬御風は、明治40年に校歌を作詞するにあたり、坪内逍遥や島村抱月から早稲田大学の建学の精神その他を詳細にレクチャーされており、その中には大隈さんの現在進行形の発言なども入っていたでしょうから、「東西古今の文化の潮」が「一つに渦巻く大島国の大なる使命」と書き記したのは、「東西文明の調和」という考え方を下敷きにしたものであることは間違いありません。

その後、自身の内閣で「対華二十一ヵ条要求」を出すなど内心忸怩だったであろう弱みもあり、現在でも中国では大隈さんの評判はいま一つのようですが、日清戦争のわずか4年後に清国からの留学生を受け入れ、さらに5年後には「清国留学生部」を設立して1000人とも1500人とも言われる学生が巣立っていったのも早稲田でした。その後の長い歴史において「大なる使命」を日本だけに独り占めさせなかったのですから、今や各国からの留学生が参集する「世界の早稲田」は大隈さんの願いを大きく育て広めたことになります。

 

東西文明之調和 大隈重信 著 大正11年 早稲田大学出版部[ほか] 国立国会図書館デジタルコレクション

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