早稲田大学校歌のトリビア (8)「男たちの早稲田」の象徴か? について知っていることをぜひ教えてください 2021/08/15 facebook稲門クラブの鈴木克己さんの2021/08/15の投稿を許可をいただいて転載させていただきます。(転載する場合ご連絡ください。) 混声合唱団の若手OGに卒業後も研鑽を重ねてプロのソプラノ歌手になった子がいまして、永楽倶楽部で開かれた稲門祭の前夜祭で森喜朗元首相の前で美声を披露したのがきっかけで方々の稲門会から声をかけて頂いています。モーツァルトやプッチーニのアリアを得意としていますが、早稲田関係の催し物だからと校歌や紺碧の空、早稲田の栄光なども曲目に入れていたら、あるときご年配の校友から校歌は男が歌うものだ云々と小言があったとのこと。「早稲田の君が代」を歌うのに男も女もあるものか、前説のときにひとことクギをさしておけばよい、と返事した覚えがあります。 1966年に第九交響曲の演奏会を開いた際、一部の団体から「世間一般の見方では大学の校歌は男が歌っていると思われている、従って、お金を払って来て下さるお客さんには〝正しい〟形で聞かせるべきだ」との提案があり、混声合唱団の代表委員が激怒して、校歌は男女全員で歌うべきだと方々にかけ合ってみたものの、賛助出演の女子大合唱団は冷淡で、当時主催元だった学生部も追認してしまった由。男声で演奏するというのは、裏返せば、同じ早稲田の学生なのに当時1割いた女性には校歌を歌わせないわけですから、水面下ではかなりの反発があったらしく、その後は校歌の演奏そのものをやめるという実に後ろ向きな形で決着が図られたようです。 下って2007年の創立125周年では第九交響曲の演奏会が12年ぶりに学内で開かれ、女子大の応援を受けずに女声の足らない分は交響楽団で心得のある女性と混声系サークルの若手OGが手伝いに入って文字通りオール早稲田での演奏が実現し、アンコールの校歌も全員で歌われました。さすがに男だけで歌おうなんて声は出なかったようです(今時そんなことを口にすれば怒った早稲女にリンチされ尻の毛残らず抜かれるのがオチでしょうが[笑])。 テレビ番組で早稲田が取り上げられるときにBGMでは未だに男声合唱の校歌が流れたりするのが「校歌は男が歌うのが本式」という誤解を生む原因の一つではないかと見ています。ブラスバンドの伴奏にグリークラブが堂々と歌い上げる録音そのものにケチをつける意図は決してありませんが、あのレコードやCDは母校を懐かしむ校友向けに大学周辺で売られている「早稲田土産」に過ぎず、実際にはああいった形で校歌を「聴かせる」場面は存在しませんし、男声合唱の校歌がオフィシャルな演奏形態だと認定されたこともないようです。 それどころか、入学式や卒業式で管弦楽団や吹奏楽団が担当する奏楽に合唱も参加させてくれと昔から働きかけているのだが「声楽抜きが慣例だ」と頑として認めてくれない、とグリークラブのOBの方が悔しがっていました。あれはガウンと帽子で正装した教授陣の入退場で流す「出囃子」なので3の倍数で曲が終わるとは限らず、歌詞が付くと「尻切れトンボ」になってしまいかねないという実用的な理由からでしょう。 欧米の大学の行事では大学付属のチャペルの聖歌隊がCollege Anthem(校歌)を歌唱して参列者全員が頭を垂れ耳を傾けるという光景が見られるそうですが、こと早稲田では一同黙して校歌を「拝聴する」ことはありません。大詰めに応援部の指導により吹奏楽の演奏に乗せて男女問わず学生・教職員が皆で「歌う」のが校歌です(入学式でグリークラブが歌っているではないか、と反論されそうですが、あれは式が始まる前の新入生向けの「歌唱指導」で、式次第に組み込まれているわけではありません)。 ちなみに、アメリカ合衆国ではカウボーイ姿の男性が牛に飛び乗ったり、暴れる馬にまたがったりする「ロデオ」というショーがありますが、現在あれを演じているのはプロのスタントマンで、実際に牧畜に携わっている本物のカウボーイはあんな乱暴な真似はしないそうです。こういった紛らわしさは早稲田大学校歌にもあって、上述の「早稲田土産」に限らず、管弦楽・吹奏楽その他の器楽系やグリー・混声・合唱団・フリューゲルなどの声楽系それぞれの音楽団体が観客相手に披露しているのは、いずれも編曲という演出を加えておめかしし「ショー・アップ」された〝よそ行き〟の校歌に過ぎません。学生あるいは校友が日々育て受け継いで歌ってきた「普段使いの校歌」とは別物と見るべきなのです。 校歌は男が歌うものと思い込んでいるご老人はこの違いを理解していないか、あるいは100年前から早稲女が活躍していたことも知らずに大学の担い手はずっと男だったと決めつけているmisogynistに過ぎません。 夏の全国高等学校野球選手権大会の大会歌である「栄冠は君に輝く」(古関裕而作曲・加賀大介作詞)はもともとバリトン独唱と男声合唱により歌われていましたが、平成に入る前後あたりから混声合唱の録音に代わり、地方大会で献歌されるときも女子がソロを務める例が出てきています。試合は球児だけでやるものではなく、関係者に男女の隔てはないという考え方が滲透してきたことが背景にあるようですが、大相撲の土俵とは異なり、男女共学が当然のことと考えられている時代に校歌や学生歌だけは伝統を守り専ら男声でというのは通用しません。 アイビー・リーグと呼ばれるアメリカの名門8大学では、大学院への女子の入学は1世紀以上前から認められていた一方、学部は「若者組」の牙城である学寮とセットで歴史を刻んできたこともあり、1968年頃にようやく男女共学が実現しました。その際、College Songの歌詞にあるsons, boys, ...