来迎寺(千葉市稲毛区轟町1-7-20) は、建治2年(1276)一遍上人を開基に千葉貞胤によって建立された古刹で、始めは来光寺と称し時宗でしたが、天正18年(1590)徳川家康が満誉尊照大僧正に命じて浄土宗に改宗させ、このときより智東山聖聚院来迎寺と改号したそうです。昭和20年の空襲で全山焼失に遭い、現在の院内2丁目の道場公園の位置から移転してきました。[1][2]

境内には応永32年(1425)建立と刻まれた千葉氏胤以下7基の追善供養碑(室町時代初期の五輪塔。市指定文化財)があります。[1][2]

境内には鐘楼があり、毎日時を告げています。

参考文献:

[1] 「京葉散歩(4)・千葉市」80頁。(昭和50年。フジサンケイリビング総武・常磐編集部編。第一書林資料出版室発行)
[2] 「社寺よりみた千葉の歴史」46頁。(昭和59年。千葉市史編纂委員会編。千葉市教育委員会発行)