熱海に渡って、蕎麦屋で板わさをもらった。
ここは山葵ではなくて、旨い山葵漬けと蒲鉾だだった。日本酒を冷やで飲んだら急に泣けてきた。
蕎麦屋の大女将と若女将が二人して僕の話を引き出すから、大島の人々で頭がいっぱいになってしまった。


大島から直接竹芝に降りて、東京にたっぷりの大島を持ち帰るのもいい。
でも、熱海で一度、旅情を流すのがいい。
熱海で落ち着いて、大島を見ながら電車でゆっくり帰ると旅が昇華して自分の街についても寂しすぎないで済むようだ。
 


数日前の話がもう遠いむかしのようだ。
大島を出るとき、島で知り合った二人が岸壁まで見送りに来てくれた。

二人とも、尊敬出来て、大好きになってしまった島人だ。

一人は大島の時間、最後の一瞬まで、僕を案内してくれたネイチャーガイド。
彼女は植物、動物、火山、海をものすごく学んでいる。だからこそ、歩いていると次々に疑問が浮かんでくる。「どうして、この溶岩流のこの場所には植物が生えないのに、同じ溶岩流の下の端はすでに森におおわれているのでしょうね」と本気で考え始めるので、こちらも真剣に観察して発見をしてゆく。

先端は苔に覆われている。

溶岩流の先の土は湿っている。

水か。


お別れなんぞ意識するよりは、二人で自然の観察にはまり込んでいた。

 

前日、ガイドツアーをお願いして他のお客さん達といっしょにたっぷり三原山を歩いていた。
そして、朝、僕の帰りの船の時間を確認して宿まで迎えに来てくれる。ちょっと時間があるので、どこかお連れしましょうと。僕の好みで19
86年の噴火のとき元町の民家に迫った溶岩流の先端を観察していた。植物の再生と水の地下での動きの関係について随分考えた。集中して頭を使うとこんなにも気持ちがいいのか。
そこに島の古老が現れた。彼は毎日大島中を歩いている。噴火前の地形について教えてくれたり、植物の話をしたり。

 

 

もう一人は民宿の大将。波乗りが好きな爽やかな男だ。

思ったよりもギリギリに元町港に着くとそこにヤツがいた。いつから待っていてくれたのだか。もう会えないとおもっていたのだけど。僕に洒落た土産を渡す。島の塩と島の唐辛子、椿油。これは前日、僕の我がままで、卵掛けご飯に椿油をいれてみたいといったら、やってくれて、皆で食べたらうまかったものだから。そのセットだという。彼もこの朝、僕を港に送る算段をつけていた。そこにお迎えがきたので、あっさりのお別れになった。何だか気分のいい男で、もてなしが良すぎる。

いい具合にほっといてくれたり、僕のやってることに興味をもってとことん質問してくれたり。混んでいないときは、自ら布団を設えたり、ストーブを付けておいてくれたり。つっけんどんなヤツなのに何時もかゆい所に手が届く。あっと言う間に中学生のクラスメイトのように仲良くなっていたことに後から気付いた。


人目を憚らず抱き合った。

 

わざわざ見送りにきあがって。

いや、お客さんの車を置きに来たついでさ。

 

 


いや、そのために来たって言うと照れるから、言い訳したんだけどね。

また、なんでそんな素直になるかなあ。

あなた達、本当にお互い、大好きなのね。

うん。

うっうん。

 


平日の熱海便は空いている。
11時50分発。熱海まで45分の船旅。着いたら昼飯だ。
見送りは僕のための二人だけ。

はしゃいでいるのに、身体が鈍いような変な感覚で着席した。

写真に撮ると、光る海も写っていた。
この船で到着したばかりの団体客も、森も、コンテナも、東海汽船の職員も、車も写っているけど、僕には手を振ってくれる二人しか見えていなかった。人間の目ってそんなもんか。