ガイドの腰の道具、餌を男の子が凝視している


ミズオオトカゲ。「この子は円山で産まれました」に静かな歓声があがる。「でもメスし飼っていなかったんですよ」の言葉に「えー」と驚く。「実は単為生殖と言って、メスだけで繁殖することが野生下でもあるんです。交雑しないために、奇麗な遺伝 子だけを受け継ぐようです。この場合産まれてくるのはオスだけです」。大人たちが聴き入る間、子どもは餌を食べる様子をじっとみていた。メスだけで子ども が産まれるってことだけは覚えているよう。こちらで は虫類・両生類館 を記述してください。

科学、芸術、仕事の入り口になるガイドツアー

 「ちょっと残酷ですね」。

優しい声で聴衆の心に同意する飼育展示員。
 平日の午後、は虫類・両生類館のガイドツアー。ガイドのお兄さんはまず、餌を見せてくれる。生きたコオロギ。アルゼンチンゴキブリは脂肪がおおく栄養価が高いとか、小さなマウス、大きなラット。鶉のひよこ、鶏のひよこ。は虫類の餌やりを見に来た人たちだから覚悟のうえなんだけど、やっぱり餌をみるとすこしざわつく。

「スーパーで売っている肉も食べるけど、骨も皮も内臓も全部一緒に食べるほうが、動物の健康にいいんですよ」。

 「僕たちはいつも、誰かが殺してくれた生き物を食べているので、元の形が想像出来なくなっているけど、生きるというのは何か他の命を食べるということですよね」。
 お兄さんの声のあとは、ざわつきがすっとおさまり、子どもも大人もじっくりと観察を始める。


 「は虫類・両生類館の地下では、マウス、ラット、コウロギ、ゴキブリを繁殖する設備を持ち、いつも大量に餌が産まれて育っています。小さなムシじゃないと、食べられ無い小さなカエルには毎日大量の生まれたてのコオロギが必要なんです」。

 動物を飼う為に餌を飼う。展示している動物が育つ環境に加えて、餌になる生き物の生態も学ぶことになる。この円山で生まれた珍しい動物達が国内、海外の動物園に送られ、代わりに札幌にいない動物が円山にやって来る。この話はまた別の機会に。

 一方で、何年も餌を食べなくても平気な個体もあるのだそうだ。「は虫類はもの凄くエネルギー効率がいいので、動物園でも、三日に一度、十日にいちど、或はその個体が食べたくなる迄とそれぞれに餌を与えるタイミングを換えています」。

寿命が短く、飼うのが難しいカメレオン。そういえば、あんまり生きているの観られない。でも円山動物園には本物がいるんですね。ムシを長い舌で引っ付けてとるところ、本当に観られるんです 野生下では、餌の食べられない季節、期間があるのは当たり前のこと。それに適応している身体に決まった量をあたえつづけると、すぐに肥って病氣になって死んでしまうという。ツアーはこの日に餌を食べることの出来る、或は食べる必要のある、或はお客さんに見せてあげられる動物を選んでいる。 質問をする人が一人いると、ツアー全体がものすごい盛り上がるようだ。


 

 

 

 

 


 

 ヨウスコウワニの生息地は中国政府によって厳重に管理されているけれども、野生下で150頭ほどしかいない。ほぼ絶滅状態。この鰐、飼育、繁殖はすこぶる難しい。中国は野生の生息域を政府が保護し、そこで、繁殖をしているのだけど、それ以外での繁殖事例は長く円山動物園だけだった。最近になってやっとデンマークで事例がでている。

 円山はすでに
20匹。本国でも出来ていない血統管理をし、孵化温度で性別が変わる生態を利用して、殆どをメスにすることで繁殖の母集団をつくる。みんなに触らせてくれた赤ちゃんは、やはりメス。数日後台湾に旅立つのだ。例えば、日本で絶滅しそうな動物をヨーロッパの動物園が飼育、繁殖したらどんな気分だろう。円山は世界の尊敬を集めていることを知った観衆は「おお」と声をあげ、札幌の街を誇りにおもう目の輝きを見せる。


「ワニは動物の中で一番噛む力が強いです。そして、二番目はサメ」というと、みんな一斉にワニの口を見る。「でも、開ける力が弱いんです。だからどんなに大きなワニでも、僕らはテープ一本で噛み付くことを封じることができるんですよ」言ったあと、赤ん坊のヨウスコウワニを触らせる。触った子は「きもちわるかった」とか「つめたかった」と。でも、にっこにこだ。子ども向けツアーではない。むしろ大人が目を輝かせて頷いているところを子どもは観ている。子どもは説明を聴くよりも餌を食べる瞬間を大人以上にガラスに張り付いていた。


 ちょっと気持ち悪がられることもあるは虫類と両生類。色、形、行動を良く見るととても美しいという人がいる。生息地の季節、気温、水温、昼の長さ、光の量、餌の量を再現する仕事が凄いと言う人がいる。餌を自前で作って、育てた動物を世界に送り出す円山動物園が凄いという人がいる。

 札幌で息子達と暮らしてきて、円山動物園があってよかったと、折に触れて感じてきた。観察することは、学問にも、芸術にも、貿易にも繋がる。子どもの興味の入り口が沢山ある。結局大学で文系科目ばかりとっている息子も、生物学の講義だけは楽しみに受講していた。