千葉寺の鐘は別項千葉寺の條に書いた彼の戻鐘の事で、境内の鐘樓に今も釣しては有るが、昔ながらの破鐘で、歸る人の後から、花ヒラヒラと散りかゝる春の夕の淋しくとも、無情を告る術だに知らないのは却て一入の哀れを增(*増の旧字)すかも知れぬ。尚千葉寺で最も勝れてゐるのは、櫻花殊に遲櫻で、花の頃は日頃寂しい千葉寺通りも人の往來絶えず、境内には茶店が出る、露店が出る。茣蓙を敷き席を延べて、其上で重の物を開くもあれば、盃を交はして三味を彈かせる酔興な者もあつて仲々に賑ふ。